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9(3)

「カプセルじゃないか。研究室から持ち出してよかったのか」

「レプリカなんですよ。博士お手製の。彼女を休息させるには、CNC溶液がベストですからね」

 一朗がそう説明する間にも、荷解きされた段ボールから、いくつものポリタンクが出てきた。ほかにも、カプセルの周りに置くのであろう、機械類が次々とあらわれた。

 開かずの間を開くときは、さすがに緊張した。何かを収納した記憶があるのだが、それが何だったのか思い出せない。生ゴミでも放置していようものなら、ワームが湧いている可能性がある。けれど、いざ開けてみると、蠢くものはなく、ただ軍用らしい一体のチャペックが、直立不動の姿勢を保っていた。二葉が目をまるくした。

「なに、これ?」

「処理班時代の相棒だよ……」

 おれはぼんやりとつぶやいた。あらゆる装甲が傷つき、歪み、穴だらけになっていた。頭部のセンサーは打ち砕かれ、両脚とも膝から下が吹き飛ばされていた。それでも両手に装填された機関銃を構え、向かってくる敵への闘志を漲らせているようだ。二度と動かない体で……こいつがいたことを忘れていたなんて、おれは呆れた薄情者だ。

 どうするのよ、これ。と、眉をひそめた二葉の前に、目をきらきらさせながら、一朗がしゃしゃり出た。

「エイジさん! これはもしかして山田式ポッド三型、通称『山ポッド』ではありませんか!」

「ああ、よく知ってるな。見てのとおり、今はスクラップ同然だがね」

「譲ってください。是非に、何としてでも。なんでしたら、言い値で買い取らせていただきます!」

「ちょっと兄さん、何言ってるのよ。こんなガラクタ……」

「ガラクタとは何事か! 山ポッドといえば、たった四機の試作機しか作られなかったレアモノ。それでいて名機の誉れ高い。計器の一つでも手に入れば、マニアは涎を垂らして気絶するほどなのに……こんなところに、これほど完全な形で一機眠っていたとは」

 一朗の目は輝きを増す一方。対して二葉は、ますます顔を曇らせて、「変態だわ」とつぶやいた。おれは震えている一朗の肩を叩いた。

「持ってていいよ。金なんかいらない。捨てるに捨てられず、処置にこまっていたくらいさ。きみに引き取られるのなら、こいつだって本望だろう」

 涙を流して踊り狂う一朗を尻目に、二葉はてきぱきと支持を飛ばした。山ポッドが運び出されると、あとはこの部屋には何もない。今さらながら、おれはあいつを、ここに葬ったつもりでいたのだな、と考えた。山ポッドを開かずの間に、妻の思い出を胸の中に封印したまま、その日暮らしの生活を、ただぼんやりと送ってきた。

 アマリリスが甲斐甲斐しく掃除機をかけ、雑巾がけをすると、たちまちピカピカになった。古いカーテンが外され、二葉の選択らしい、木馬の柄がプリントされたカーテンがかけられた。そこへ作業用チャペックが、次々と機械類を運びこむ。カプセルが据えられ、周辺機が接続されると、CNC溶液がポリタンクから注がれた。

 独特な、木の香をおもわせるにおいが広がる。

 部屋はすっかり、博士の実験室と変わらぬ様相を呈したが、衣装箪笥や本棚、書き物机に椅子くらいは、なんとか置けたようだ。本棚はまだ空っぽだが、段ボールのひとつに、若干の衣類が入っており、二葉が一枚ずつ広げては、アマリリスの前にかざしている。

「今日は午後からでないと、マーケットが開かなくてさ。古着屋の親爺を叩き起こして、急遽、調達してきたんだけど。うーん、これもなんか地味よねえ」

「このような服はもうございませんか?」

「えっ。新東亜ホテルのメイド用の?」

「はい。これでしたら、とても動きやすいですし、マスターのお役にたてます。それに……」

 少女は言葉に詰まり、エプロンをぎゅっと握りしめて、うつむいた。こころなしか、頬を染めているように見えた。なんということだ。この機械生命体には、恥じらいという感情まであるのか。それになんという可愛さだろう。エプロンを握る小さな手のひとつは、その気があれば、三十分でこの地区を壊滅させられるというのに。

「気に入ったのね。たしかに、あのセンスゼロの親爺が見つくろった服なんかより、百倍可愛いからなあ。じゃあ帰ったら至急調達して、バイク便の兄さんにでも持たせてあげる」

 搬入が終わると、おれたちはまた居間に戻った。もう十二時を回っており、外では雨が降り始めたらしく、ぱらぱらと窓を打つ音が聞こえた。

「アマリリスちゃん、申し訳ないんだけど、簡単にで構わないから、昼食を作ってもらえる? 材料は買ってあるわ」

 初めからここで食うつもりだったらしい。アマリリスが台所へ入ると、間もなくいい香りが漂い始めた。あの台所が料理に使われるのは、何週間ぶりだったか。そもそも、ナナコ七式は自分の体内に材料を取り込んで調理していたので、包丁やフライパンが使われること自体、かつてなかった。

 二葉はソファの上で軽く腕を組み、意味ありげな視線を向けた。おれは、いやな予感がした。

「お隣のグラマーさんは、お元気?」

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