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「ああ、そのことなんだが。なぜこの子に、いきなり旨い茶を淹れるスキルがそなわっているのか、単純に疑問だ」
二葉はアマリリスの服の点検を終えると、立ったままソーサーごとカップを持ち上げた。旨そうに一口飲んで、いかにも呆れ果てた口調で言う。
「それを言うなら、会話が成り立っている時点で、疑問を感じるべきじゃない」
「ま、まあ。たしかにな……」
おれは内心、絶句していた。なるほど、たいていのチャペックには、人工知能が埋めこまれている。簡単な会話なら、たしかに成り立つ。けれどそれはあらかじめ記憶された、膨大なパターンを読みこんでいるだけであって、天気を聞けば晴れだと答えるが、雨の日に「いい天気だ」などと会話をふると、たちまち相手は混乱する。ところが、
「なあ、アマリリス、今日はどんな天気だ?」
「スモッグの影響で、だいぶ曇っているようです。午後からは小雨が予想されます」
「そうか。じつにいい天気だな」
「もしお望みでしたら、午後には濃いめのダージリンをお淹れします。雨の音を聞きながら、お召し上がりください」
と、じつに機転が利く。では、さらに難題をふっかけてみよう。
「なあ、もし、コウモリ傘とミシンが解剖台の上でフォックストロットを踊っていたら、おまえはどう思う?」
「とっても、シュールです」
じつに面白い。パターンを読みとるだけの人工知能には、とても真似できない芸当である。カップを置いて、二葉が言う。
「ある程度、こちらで設定できるのよ。CNC溶液を通じたパルスのやりとりでね。彼女の場合、いわば、あなたのお手伝いさんとして最適化してあるの。本当はこういうの、悪用されたらこまるから、慎重に人を選ばなくちゃいけないんだけど……」
「おれにロリータ趣味はない」
「そ。大日本おっぱい党員の食指は動かないと判断して、エイジさんの命令は基本的に何も拒まないよう、設定されているわ」
何も拒まない、ことはないだろう。武装警官が乱入したときも、彼女はをかれらに茶を出さなかった。いやそれ以前に、命令を出すより先に、飛びかかろうとさえした。首をひねっているおれを、一朗が目ざとくフォローした。
「あくまで基本的には、ですね。彼女は鉄の塊ではなく、生きた細胞の集合体ですから。細胞のひとつひとつが、独自の思考を持っているわけです。もちろん、博士の受け売りですがね」
頭脳万能主義を真っ向から否定する、相崎博士らしい理屈である。例えばチャペック、いやロボットの設計においても、電子頭脳だけ発達させたものは、木偶のぼうでしかない。末端の回路が、頭脳と同等のはたらきをしなければ意味がない。ちょうど、脳から採取しても皮膚から採取しても、細胞が基本的に同じ作りであるように。
ツァラトゥストラ教ではないが、この考えを突き詰めれば、細胞をもち、遺伝子をもち、自己増殖するIBこそが、最も理想的な機械生命体ということになる。人類への憎悪を、生きる糧としていなければ……
「しかし、よく博士がこの子を手放す気になったな。永久機関……博士流にいえば、タオエンジンか。その生きた標本みたいなものだろうに」
「手放してはないでしょう。博士としては、あなたに託すのも実験の一環なんだから。なんでもフルに使ってみないと、性能はわからないものね。そのかわり、彼女は定期的に博士の実験室でメンテナンスされるわ……ほら、そんな渋い顔しない。むやみに電流を流したりして、苛めるわけじゃないんだし」
十万ボルトの電気風呂に入れても、涼しい顔をしているのではないか。おれはため息混じりに、入り口のほうをかえりみた。どうやって運びこんだのか不思議なほど、巨大な段ボールが据えてあり、かたわらに、油圧チューブや計器類が剥き出しの、作業用チャペックがひかえていた。
「大荷物の中身は何だ?」
「花嫁道具、といったところかしら。ダイニングの奥に、もうひとつ小部屋があったわよね。あそこをアマリリスちゃん用に使わせてもらうわ」
「もらうわ、って。問答無用なのか」
問答無用なの。そう言って二葉は片目を閉じた。ジャケットのポケットからコントローラーを取り出し、音声とボタンを使って、作業用チャペックに荷解きをするよう、指示を与えた。小部屋は確かに使っていなかった。というより、前にいつ覗いたのか覚えていないという、いわゆる「開かずの間」と化していた。
大段ボールの中には、さらに幾つかの段ボールに分けられて荷物が入っているようだ。大きさといい形といい、最も大きな箱がベッドだと思っていると、大昔の空想科学小説に出てくる宇宙船のような、金色に輝くハマキ型の物体があらわれた。