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「あなたがたには、七〇〇号室のお客様のお世話をしてもらいます。ただし、新館に慣れていただきたいのと、適性を見るために、本日と明日は、五〇二号室についてください」

 エグゼクティブ・ハウスキーパー、五十嵐冬美はそう言うと、瞳だけ動かすやりかたで、二人の顔を交互に眺めた。

 新東亜ホテル別館の小会議室は、機能一点張りの殺風景さで、灰色に静まり返っていた。冬美の背後には、「夜間支配人」亜門真が一人だけ、足を組んで座り、机に肘でもたれていた。二葉は、鳥辺野霞美と覚えず顔を見合わせた。

 霞美はメイドの制服がよく似合っていた。もともと上背があるので、フリルの多いエプロンを華やかに見せ、また若々しい愛くるしさを兼ねそろえていた。冬美が語を継いだ。

「八幡さんは、だいぶ慣れているでしょうから、適性をみるまでもありませんが。鳥辺野さんに、いろいろと教えてほしいのです」

「努力します。ただ、わたしもまだ別館の経験は浅いですし、ずっとシーツを取り替えていただけですから。いまだに廊下で迷うことも、しばしばです」

 それにゼロのつく部屋、すなわち最高レベルのスイートへは、足を踏み入れたことがなかった。まして七〇〇号だなんて、別館の中でも最もグレードの高い部屋ではないか。宿泊客が、そこに泊まっていたことすら知らなかった。噂によれば、クーデター以降、誰一人泊まった者はいないという話ではなかったか。

 軽く咳払いして、「メイド長」は言う。

「もう一人、メイドのサポートをつけましょう。間もなくここへ来るよう、呼んであります」

「多少耳に入っているでしょうね、五〇二号室の噂は」

 気がつくと、亜門の視線が二葉に向けられていた。彼女は、頬を引きつらせるような笑顔を返した。

「多少でしたら」

 ずいぶん難しい客という噂だ。かれこれ半月近く泊まっている間に、つけられたメイドが五人ほど逃げ出しているとか。一人平均三日くらいしか、持っていないことになる。

「ことさら意地悪をして、難しい客の相手をさせるわけではありませんよ。むしろきみたちの将来性を見込んだ上で、押し付けさせてもらったのです」

「光栄に存じます」

「好きですよ、きみのそういうところは」

 亜門は片目を閉じた。我知らず二葉は、頬が赤らむのを意識した。自覚症状があるから、まだいいものの、このどうしようもない好みの傾向を、なんとかしなければと思う。

 間もなくノックの音が聞こえ、冬美が入るように命じた。瞬時、二葉は亜門の「専属メイド」の入室を予想したが、ドアが開くと派手にカールさせた金髪が、まず目に飛び込んできた。混血だろうか。背は霞美より低いが、くっきりした顔立ち。瞳の色もかなり青色が強かった。わずかばかりのそばかすに気づいたほど、抜けるような肌の白さ。

 そういえば金髪のメイドを、この別館で見たような記憶がある。けれど、なにしろ怪異が日常茶飯事に起こる場所だから、それが幻影や亡霊の類いではなかったと、断言できずにいた。むろん、彼女の考える亡霊とは、プラズマ現象のことなのだが。

「イクタ・ルイさん。しばらくの間、彼女をつけるから、指示に従って。わからないことがあれば、何でも聞いてちょうだい」

「よろしくお願いします」

 高く澄んだ声。外国人らしい訛りは、まったく感じられなかった。深々とお辞儀をすると、金髪が装飾のように動作を飾った。どこか芝居じみている、というのが二葉の第一印象。もっとも、芝居を演じていないホテル従業員なんて、いるはずもないのだが。

 イクタ・ルイは、生田累とでも書くのだろうか。事実そうであることを、後に知ったが、完全な日本人名であるところが、また作為のにおいを感じさせずにはいられなかった。

 冬美と亜門を中に残したまま、三人揃って退出した。お辞儀をしてドアを閉めたあと、累はくるりと向き直り、小さく舌を出してみせた。

「メイド長も大変よね。別館にいるだけで、身の毛がよだつ思いでしょうに。背中に鉄棒でも通したみたいに、しゃちこばっちゃってさ。あれがいつポキンと折れちゃうか、見ものだわね」

 パチリと音がしなかったのが不思議なほど、大きなウインクをひとつ。芝居を通りこして、人形のようだと二葉は思う。おずおずと、霞美が彼女に呼びかけた。

「あの、イクタさん、でしたよね」

「キャンディーでいいわ。たぶん知らないと思うけど、大昔の漫画の主人公なんだって」

 さすがに二葉は目をまるくした。ハタチ前後かと思われる、この女は何もかも現実離れしている。が、そんな思惑になどお構いなしに、キャンディーこと生田累は、片手を腰にあて、もう片方の指でL字を描いて、またウインクしてみせるのだ。

「とりあえず、荷物を部屋へ運びましょうか。今日からわたしたち三人、相部屋になるわ」

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