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言うまでもなく、アマリリスが最初に作った料理は、オムレツだった。
束の間の安息というべきか。本当にめったにないことだが、おれの気分は満ち足り、胃袋もまた久しぶりに旨い料理を食って、すこぶる上機嫌であった。
ただ、彼女のオムレツが旨ければ旨いほど、もうひとつの、果たされてない約束のことが思い合わされた。
決して果たされることのない約束が……
「具合はどう?」
「問題ありません、マスター」
「掃除なんかどうでもいいから。午後はゆっくり休むといい。さっき一朗から電話があってね。きみのベッドを調整してくれるそうだ」
少女のベッドとは、培養液で満たしたカプセルを意味する。彼女の「入院中」使っていなかったため、さっそくメカニックがやって来る手筈となった。博士からの要請に違いない。
たしかにおれの部屋は、彼女がいない間に、キノコ的惨状を呈しはじめていたが、家事用チャペックの七式が壊れた後ほどではなかった。外を飛びまわっているか、そうでなければ、布団に潜りこんでいるか、どちらかだったせいだろう。
コーヒーを飲み終える頃に、ドアがノックされた。
「やあやあ、またちょっと見ない間に、すさまじくくたびれ果てたわね。エイジさん」
大きな紙袋を手に、おれの顔を見るなり、二葉がそう言った。一朗は帽子のつばに手をかけながら、彼女の後ろから入ってきた。体じゅうに工具をくっつけているため、動くたびに様々な音がした。二葉は立ち止まったまま、まだじろじろと、おれを眺めている。
「学校は?」
「制服着てるのを見ればわかるでしょう。午前中で終わったの。ふぅーん」
「何だよ」
「無精ひげくらい剃ったら? でも、ま、僅差で判定勝ちってとこかしら」
と、言っている意味が、さっぱりわからない。
さっそくアマリリスが紅茶を運んできた。二葉が紅茶党であることを、ちゃんと覚えていたらしい。一朗はいかにも寝不足という感じで、目の下に隈を作っていたが、濃いコーヒーをすすりながら、瞳をきらきらと輝かせて言う。
「例のやつ、八割がた復元できましたよ。今度、荒地で再起動実験を行うつもりですが、立ち会いますか」
例のやつ、とは、かれが寝食を忘れて整備していた、おれの元相棒、サンポッドのことに違いない。目を覆いたくなるほど大破していたというのに、動かせるだけでも驚異的である。そのうえかれは、ほとんど復元したというのだから。
マニアの底力は計り知れない。
「そうだね、気が向いたら。でもあれは、きみに譲ったものだから、むしろ見ないほうがいいのかもしれない。また欲しくなるといけないし」
冗談めかしてそう言ったが、本当はサンポッドが再び動く姿を目にしたとき、必然的によみがえるであろう、思い出が怖いのだ。
あのIBが振りかざす、無数の大鎌。包囲する処理班は、明らかに優勢だった。おれは妻と目を交わし、サムアップしてみせた。楽勝だと思った。やつが擬人を用いるまでは……
「ちょっと両腕を横に上げてみて。そう。片方だけ重く感じたりはしない?」
気がつくと、一朗がアマリリスのかたわらにしゃがんで、彼女の体を点検していた。ちょっと大きめのメイド服。両手を広げて、きょとんとした顔で立っている姿は、普通に可愛らしい。
「問題ありません」
「軽くテストしてみたいんだけど、何か手ごろなものは……」
手ごろなものとは、おそらく軽く粉砕できるものという意味だろう。けれどキノコが生えそうなこの部屋にも、さすがに鉄筋のカケラや、コンクリート塊は落ちていない。思案している一朗の横から、二葉が口を出した。
「腕相撲してみたら? 一朗兄さんの右腕と」