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亜門は煙草を揉み消した。
「あくまで私見ですが、どうもその会社は、ダミーらしいのです」
「ゲーム会社が?」
「まあ。税金対策なのか。それとも、本業のあやしい商売を、ごまかすためなのか。わたしは後者と考えておりましてね。ただ、それにしては、一応看板どおりの商売をしてはいる。思うに、ゲームの制作も、その本業と、ゆるく繋がっているのではないでしょうか」
「でもそれは、あなたの想像なんでしょう。何の根拠もない」
反論しながら、二葉は軽い戦慄をおぼえた。とろとろとした話しぶりだが、聞いてると次第に幻惑されそうになる。ひところ流行した、あやしげな催眠医の口調に、似ているかもしれない。亜門は笑って、演技的に肩をすくめた。
「なるほど。あなたはわたしに妄想癖があると、疑っていらっしゃる」
妄想癖。そうでなければ、そのダミー会社の持ち主こそ、亜門自身ではあるまいか。
二葉は指でこめかみを押さえた。かれの妄想に、自身が浸蝕されてゆくようだ。
「べつに、妄想だろうが実在しようが、わたしには関係ないけど。そもそも今の世の中って、人間の最もおぞましい悪夢が、具現化したような世界だから」
「卓見でございますな」
「そのゲーム会社とやらがダミーだとしたら、本業はいったい何だというの?」
「簡単に述べれば、テロリストでしょうか。まあひと口に反体制的過激派といっても、様々な勢力が渦巻いておりますな。刷新会議に利権を奪われた不法ギルドから、旧首長派、旧軍閥、あるいは、恐るべき武装教団に至るまで」
「ね、そこの社員ってさ、靴下を買いに行くときもガスマスクをつけてたりする、愉快な人たちなのかな」
挑発的に笑いながら、亜門の表情を鋭く観察した。かれは二本めの煙草に点火しつつ、かすかに眉根を寄せただけ。もしも二葉を待ち伏せていた「テロリスト」たちが、亜門真と繋がっているのなら、かれが彼女と鳥辺野霞美に対し、何らかの接触を試みるのは自然な成り行きだ。
それとも、すべて彼女自身の妄想なのだろうか……亜門真は、煙を吐く動作に笑顔を添えた。
「ガスマスクをつけていようと、鉄仮面をかぶっていようと、靴下を買うのに問題はありますまい」
「たぶんね。一応訊くけど、あなたはさっき、ゲームの母艦が爆発したら、恐ろしいことが起きると言った。それは具体的に、何を指すの?」
たぶんまた、はぐらかされる。そう考えていると、かれは軽く片手を机に添えた姿勢のまま、まともに彼女の目を覗きこんだ。
「一種のイメージ爆弾、とでも申しましょうか」
「耳慣れない名前ね」
「もともと戦時中、悪魔に魂を売った心理学者どもが開発したもの、こう言えば、おおよそわかっていただけるでしょう。様々な、精神に有害なイメージを一挙に、大量に放出する。思わず画面を見つめてしまう瞬間を狙って、です」
ため息をつきながら、彼女は足を組み替えた。あり得ない。だいいち、ゲーム屋のオーナーが、そんな危険なものを放置していること自体、おかしい。あのステージをクリアできる者はいないという自負があるにせよ、問題が起きて損をするのは、かれ自身ではないか。やはりこの男、筋金入りのパラノイアではないのか。
けれども反面、かれの言葉を裏付ける映像を、彼女が見ていたのも事実。強引に通信を開いてきた、あの悪夢じみた「人物」の面影が、どうしても脳裏から離れずにいた。
またメイドがあらわれて、カップをさげていった。じっと見ている二葉とは、微妙に視線を合わせなかったが、素直に礼を述べる霞美には、にこやかに会釈した。
「なぜ新東亜ホテルの?」
無遠慮な質問だと思ったときには、口をついて出ていた。照れもせず、当惑した素振りもみせずに亜門は言った。
「おっと、申し遅れました。ゲーム屋のほうは副業といいますか、道楽みたいなものでして、店のほうにも、めったに顔を出さないのです。本日は、偶然お目にかかれた次第。現在わたしは、そのホテルの夜間支配人、ということになっております」
二葉は椅子からずり落ちそうになった。
夜間支配人といえば、実質は新東亜ホテル別館の総支配人ではないか。