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「ふーん。見かけたことはないけど、あんたここの支配人か何かでしょう」

 機体から降りながら、二葉は言う。霞美のほうは、野次馬に取り巻かれている現状をようやく認識した様子で、今さら赤くなっていた。

「お察しのとおりと申しておきましょう。ゆえに力も入ろうというもの。お察しいただけますか?」

「そういうことをするんなら、こっちにだってやりかたがあるってこと、察してほしいものだわ」

 腕を組んで向き合った。ガキだと舐めてかかるのは大間違いだ、という意志を込めて。

 男は三十そこそこだろうか。最近はみょうな薬が流行っているから、見かけの歳はアテにならないが。よくこんなものに人間の体が収まるなと感心するほど、極端に細身の黒いスーツ。赤いシャツにノーネクタイ。いかにも神経質に髪を整え、わざと細く口ひげをたくわえて、銀縁の眼鏡をかけていた。

 こんなゲーム屋に置いておくよりは、高級ホテルあたりに納まっているほうが、似合いそうだ。そういえば、二、三度見かけたことのある、新東亜ホテルの総支配人が、こんなタイプではなかったか。赤シャツは演技的に肩をすくめた。

「話し合いが必要、というわけですね。よくわかります。執務室まで来ていただけますか」

 二葉は考えた。ここでゴネるべきか、男について行くべきか。かれとしては、もちろんコトを穏便に済ませたい。例えば彼女が野次馬どもを煽って、店をめちゃくちゃにされることを、最も恐れるのだろう。しかし彼女としても、隔離された上、武装警察に引きわたされては面倒だ。

 ジャケットの裾を、霞美がしきりに引っ張っていた。ふり向くと、彼女は赤面したまま、何事かを目でうったえていた。ついて行こう、というのだろう。臆病だと一蹴したいところだが、ともに戦った今では、彼女を見る目が少し違っていた。不承不承ながら、二葉はうなずいた。

「いいわ。行きましょう」

 野次馬どもに投げキッスして、男の痩せた背中に従った。出てきた時分から気になっていたのだが、常にリズムをとっているように、体が変な揺れかたをする。やはり、何かクスリをやっているのかもしれない。

 赤シャツは奥のドアを開けた。そこは汚れたビルに囲まれた猫の額ほどの空き地で、雑草の中に壊れたゲーム機が何台も、雨ざらしになっていた。

 向かいのビルの壁に、錆の浮いた鉄のドアが嵌めこまれていた。鍵はかかっておらず、彼女たちが入ってしまうまで、かれは執事のように取っ手を支えていた。この男、ゲーム屋の雇われ店長などではなく、じつは一帯のビルの持ち主ではあるまいか。ふと二葉はそう考えたが、もしそうなら、せいぜい五十万程度の賞金を惜しむだろうか。

「どうぞ、お掛けください」

 指を揃えて、男は布張りのソファを指し示した。緑色の地に、擬似中世ふうの草花模様。同じ色と柄のカーテンが引かれ、床には緋色の絨毯。この八スペースほどの小部屋は、ゲーム屋の執務室の印象からは程遠く、古めかしい個人宅の書斎と言われても不思議ではなかった。

「お飲みものをお持ちしましょう」

「構わないで」

「そうも参りません。紅茶とコーヒー、どちらがお好きですか」

 ソファの上で、二人は顔を見合わせた。紅茶を所望すると、赤シャツは「承知しました」と言い、絨毯の上を歩いて、卓上の古風な呼び鈴を鳴らした。間もなく遠慮がちなノックとともに、彼女たちが入ってきたのと反対のドアが開いた。こちらは樫材の重厚なドアなのだ。家事用チャペックだろうと思っていると、あらわれたのは生身の家政婦。

 髪をショートボブに切り揃えた、美しいが、これといって特徴のない女だ。けれども二葉が目を見張ったのは、彼女が着ている服が紛れもなく、新東亜ホテルのメイド用だったからだ。

「紅茶を頼みます。わたしにも」

「かしこまりました」

 お辞儀の角度も、新東亜ホテルのマニュアルどおりである。どういうことなのだろう。個人的な趣味だとしたら、かなり不気味だと言わざるを得ない。まあ、同様の恰好をした、しかも年端もゆかない少女と暮らしていた害虫屋もいるわけで、ハタ目には、そちらのほうが奇妙なのだけれど。

「失礼、名刺をおわたししておりませんでしたな」

 ポケットではなく、机の引き出しからそれを取り出し、二人に手わたした。再生紙とは思えない、やけに白い紙に「亜門 真」と刷られているだけで、何の肩書きも添えられていなかった。

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