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「いい? 一発でも多く、少しでも近い距離から、あいつの眼玉に撃ちこんで。できるだけこっちで時間を稼ぐから」
「了解しました」
「この戦闘が終わったら、おもいきりシャワーを浴びたいわ」
お定まりのセリフに、ギャラリーがどっと笑う。二葉は軽く手を振って応え、慎重に機体を前進させた。
それそろ仕掛けてくるかと思っていると、前方のモニターに通信が開かれようとしていた。こんなときに? 銃座からではないし、ステーションでもない。強制的にモニターの半分以上を切り取るかっこうで、ノイズ混じりのウインドウが出現した。そこには見たこともない、異様な風体の人物が映しだされていた。
人、なのだろうか。
頭部から肩にかけて、鎧とも機械ともつかない、グロテスクな金属で覆われていた。残りの部分は重たげなマントに包まれているが、布地の上にも突起状の、あるいは計器をおもわせる金属片が貼りついていた。
(こんなイベント、あったかしら)
登場のタイミングからして、敵母艦の司令官と考えるべきだろう。けれど、このゲームを何十回プレイしたかわからないが、こんなやつが出てきたのは、初めてである。
画像はとても不安定で、ひどく揺れるし、ノイズが走る。背景はあくまで暗く、何があるのか、ほかにだれかいるのか、まったくわからない。ただその奇怪な人物ばかりが、闇からぼうっと浮かび上がって見えた。モニターを睨みつけたまま、二葉は訊いた。
「だれなの?」
「I……B……」
「えっ?」
ウインドウが歪み、そのまま消え失せた。敵の母艦が、ほとんど画面いっぱいにせまっていた。たちまち無数の光が炸裂し、小型ミサイルの雨が降り注いだ。あわてて機体を上昇させながら、二葉は背筋を何度も貫く戦慄を意識した。低い、地の底から響くような合成音が、まだ耳の底にわだかまっていた。
バグなのだろうか。あるいは、知らない間にプログラムがバージョンアップされていたのか。それにしては、あまりにも趣味がよくない。宇宙空間へ飛び出したIBの「王」が、おのれの分身である「軍団」……レギオンを引き連れて飛来するだなんて、ツァラトゥストラ教の霊媒の口から、飛び出したような話だ。
「動揺させようったって!」
もしも心理作戦だとしたら、充分効いていたが、賞金がかかっている以上、早々に撃ち落とされるわけにはいかない。が、回避運動を繰り返しながら、母船の至近距離に留まるのは、並大抵の苦労ではない。しかも敵は飛び道具のみならず、触手状の衝角を振り回して、鞘翅ワームのように叩き落とそうとしてくる。
ただ効率よく張り巡らされる弾幕には、ずいぶん助けられている。たいていの小型ミサイルは、これに引っかかってくれるので、砲門から発射されるレーザーだけを気にしていればいい。そして霞美は、相変わらず正確無比な射撃でビームを繰り出し、母艦の眼玉へ次から次へと命中させていた。
目視が追いつかないほどの速さで、スコアが上昇してゆく。ギャラリーが沸きに沸いている。
(いけるかも!)
母艦の眼玉はまっ赤に充血し、爆発の危機がせまっていることを告げていた。船体の各所から火花が散り、煙、のようなものを吹いている。攻撃も激しさを増しており、だいぶ自機にダメージが出ているが、このままゆくと、敵艦が崩壊するまであと一分程度。それくらいなら、どうにかこうにか、持ちこたえられそうだ。
これを撃破したときのボーナスが加われば、三十万だったか五十万だったか忘れたが、まず間違いなく、賞金に手が届くだろう。
「霞美、これで終わりにするよ。行っけええええええっ!」
螺旋を描きながら、あえて攻撃が集中している辺りに突っ込んだ。逆に言えば、そこが敵の最も弱い部分でもあるのだ。何発かビームを食らったが、かろうじて直撃は避けている。モニターに大きく映し出された眼玉に、レーザーが次々と撃ち込まれてゆく。コアがひび割れるのが確認され、真紅の光がほとばしる。
(やった!?)
そう感じた瞬間、舞台が暗転するように、いきなり闇に呑まれた。驚きと恐怖。呆然と操縦桿を握りしめたまま、二葉はしばらくの間、何が起こったのか理解できなかった。
ざわざわと、動揺する野次馬たちの声で、ようやく自分を取り戻した。モニターはすべて消えているが、停電でない証拠に、店の明かりはついたまま。他のゲーム機の音は騒々しく鳴り響いていた。のろのろと顔を向けると、野次馬たちを二つに割って、赤いシャツを着た、痩せた男が立っていた。
「おっと失礼。応援に熱が入ってしまいましてね。うっかりコードにつまづいたようです」