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霞美は、多脚ワームの巣の前に連れて来られたような顔をしていた。またしても、サディスティックな気分をくすぐられながら、二葉は半ば強引に、彼女の手首をつかんだ。たちまち動力室に放りこまれたような、騒音に包まれた。
例によって行き場もカネもない、ガラのよくない若者たちが、思い思いにたむろしていた。けれど二葉はなぜかこの雰囲気が嫌いではなかったし、少なくとも外見上は、彼女たちも充分かれらになじんでいた。
「かわり映えしないわね」
無意味にばかでかい箱の中で動き回る画面を、ざっと眺めて二葉はつぶやいた。まあ、こんな所に置いてあるゲーム機なんて、半分以上は中古だろうし、最新とうたわれているものにしたところで、二番煎じ以上に新しいものはない。たまに一彦が手慰みにプログラムするゲームのほうが、よほど凝っているし、新しい。
戦前は、ほとんど実体験と同等の感覚が得られるゲームがあったとか。それによって中毒する者が続出し、ドラッグ以上に深刻な社会問題にまで発展したとか。しょせん人生はゲームだなんて、うそぶいても仕方がないが、快感より苦痛のほうが多すぎて、これを楽しめる者は極めて少ない。
だからこんな店が、潰れずにすむのだろうけれど。
「この機械、まだあるんだ」
戦闘機のコックピットに模された機械の前で、彼女は立ち止まった。
操縦桿の全面、左右、頭上と、四枚のパネルが貼られ、星をちりばめた宇宙の情景が映し出されていた。「国際宇宙ステーション」という名のゲームで、プレイヤーは宇宙戦闘機に乗りこみ、ひたすら弾をぶっ放しながら、隕石やらエイリアンやらテロリストやらから、宇宙ステーションを守るという、単純なもの。
座席は操縦桿の前にひとつ、その真後ろの少し高い所に、もうひとつついていた。言うまでもなく、後方は銃座である。
「やってみよっか」
「えっ、でも」
「簡単よ。わたしが操縦するから、霞美はひたすら弾をぶっ放せばいいの」
「はあ……」
また半ば強制的に霞美を後部座席に座らせ、自身は前に座ると、コインを投入した。あやしげな美少女二人が、宇宙戦闘機に乗り込むのを目ざとく見つけて、野次馬がぱらぱらと寄ってきた。振り返ると、蛇髪の妖女に見つめられたように、霞美が石化していた。
「操縦桿を動かしてみて、椅子が回るでしょう。それがレーザー砲だから、ロックオンしたら撃つ。しなくても撃つ。射程に入ったら撃つ。入らなくても撃つ。それだけ」
二葉がそう言うと、野次馬たちがどっと笑った。ウケてくれたお返しに、サムアップして、片目を閉じてみせた。あまりにも難度が高すぎるゆえ、欠陥ゲームとさえ呼ばれたシロモノだ。あえてプレイする者は少ないし、ましてあやしげな美少女二人、五秒で撃墜されるのがオチだと、かれらはタカをくくっているに違いない。
(ふっ。中学生の頃は、流星フタバの異名をとったこのわたしよ)
GO! と叫んで、スタートボタンを押した。画面が真っ暗になり、やがて前方へ続く光の列があらわれた。宇宙ステーションの格納庫から飛び立つ場面である。ノイズ混じりの無線が入り、進路が確保されたことを告げる。カウントダウンの声ととともに、エンジン音が高鳴る。ゼロを合図に、二葉はペダルを踏み込んだ。
「八幡・鳥辺野機、出ます!」
宇宙空間に出ると、とりあえず宙返りを演じてみせた。奇麗に縦に回るのは、これでなかなかコツが要る。ギャラリーが溜め息をもらし、後ろで霞美が小さな悲鳴を上げた。ステーションの壁面ぎりぎりを、飛んでみせたのだ。すかさず無線が飛んできた。
<自重せよ、自重せよ、オーバー>
「了解」
<隕石群接近。接触まで5、4、3、2……>
「いきなりですか。行くよ、霞美!」
ステーション自体、移動式の防壁を備えているので、全て撃ち落とす必要はない。要は、隕石の群れの中に突っ込み、当たらないように避けながら、撃ちまくればよい話。
(あれ?)
このゲーム、こんなに簡単だっけ、と最初に感じた。いきなり洒落にならないくらい、隕石が雨あられと降り注ぐのではなかったか。突っ込むポイントを間違えたのかとも考えたが、画面いっぱい、次々と爆発してゆく隕石の光で、満開の花畑と化している。
すさまじい速さで隕石がロックオンされては、確実に撃ち落とされてゆくのだ。
「うそ……」