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 この程度の変装で、あのガスマスクの変質者たちを煙に巻こうというのではない。

 ただ、あからさまな挑発に、どんなリアクションを示すのか、それが知りたかった。無視か。それとも癪にさわって、手を出してくるのか。後者であれば、タカの知れた相手といえるが、前者ならばかえって手ごわい。意外に奥深いウラの存在を暗示するからだ。

 一応の武装はしてある。みょうにソールの厚い靴は自前で、さらにいろいろ仕込まれているし、MBに借りたラバーのリュックには、例の武器がいつでも撃てる状態で収まっていた。

「あの……やっぱりこれ、短すぎませんか」

 しきりにスカートの裾を引きおろそうとしながら、鳥辺野霞美は小型の鞘翅類が鳴くような声で言った。

「すごく視線を感じるんですけど……」

 彼女のイデタチは、真紅のチュニックに豹柄のジャケットを羽織り、スカートは黒いタイトの超ミニ。赤革のショートブーツに、これも豹柄の厚手のソックスが、膝の上まで届いていた。もちろんMBの見立てで、

(名づけて「野生のエルザ」よ)

 と、いまひとつ意味がわからないが、ウィンクしながら、満足そうに命名したものだ。

 二葉に輪をかけてアグレッシブな組み合わせだが、なるほど大柄な彼女が着ると、じつにサマになる。おそらく長いスカートしか穿いたことがないであろう、彼女の秘められた野生美を十二分に引き出している、といったところか。

「注目されるくらい、魅力的ってことでしょう。だいじょうぶ、タイトだから意外に中は覗けないものよ」

「そんな意味では……」

 脚を擦り合わせながら前屈みになると、胸の谷間があらわになるという。MBはわざと霞美をなぶるために、こんな組み合わせを選んだとしか思えない。

 この界隈を電気商店街という。平日の昼間から、人でごった返している。

 文字どおりの「電気」屋が、伝統的に多い。店先でちょっとした充電を請け負う店から、自前の大型発電機を持っていて、数時間から数日ぶんの蓄電池ごと売ったり、レンタルしたりする店もある。連動して、電気器具を売る店が集まり、要するにジャンク屋の巣窟となり、さらにはメディアとの関連から独特なファッションが生じた。

 MBの店なんかも、そういった連鎖の最前線というか、最前衛に位置するわけだ。

 道幅はとても広く、むかし、官営道路が通っていた名残りらしい。現在は終日、歩行者天国となっているが、法的な根拠は何もない。もしうっかり乗り入れようものなら、立てた髪で身長を1.2倍ほど伸ばしているアンちゃんたちに、粉砕されるだけのこと。

 両脇のビルを食み出して露店がひしめき、流しの物売りや芸人がさまよい、ただ自身の満足のために踊ったり、奇抜な衣装を見せびらかしたりする連中がいて、さらにそれを見物に来る者たちが取り囲み、なんとも生命力の坩堝的カオスな景観を現出せしめていた。

「ハーイ、スゥイートハニーパイ。これからオレたちとワルサしない? マニーならちょっとアルマーニ」

 三十秒に一度くらいの割合で、誰かしら声をかけてきた。そのたびに霞美は飛び上がりそうになり、グラマラスの身の置き所に窮して煩悶した。二葉はといえば、いかにも慣れた調子で、人さし指だけの投げキッスを反すのだった。

「また今度、ね、チャオ」

 ビルにかかげられた巨大なスクリーンの中で、真紅のチャイナドレスを着た女が、栄養ドリンクを片手に微笑んだ。別の電光掲示板には、地域ごとの汚染指数が表示されていたが、誰も目を向ける者はいない。爆音を雨のように降らせて、上空を常に旋回しているのは、人類刷新会議のオートジャイロだろう。

 うっかり注意を怠るとつまずきそうになるほど、ソフトボールが多く転がっている。通りを流しているアンちゃんたちの幾たりかは、変装した武装警官に違いない。だって目つきが違うんだもの。

(ちょっと来ない間に、また警戒が厳重になったとわね)

 明らかに、刷新の連中は何らかの胎動を恐れている。テロか、革命か。世界史において、それらは常に同義語に過ぎなかったが、何かそういったものの胎動を。

 騒音あふれる、けばけばしい店の前で、二葉は足を止めた。機械ゲーム屋。中学生の頃までは、教師の目を盗んで、ずいぶん彼女も熱中したものだ。見つかれば、廊下に立たされるどころでは済まない。そんなスリルを味わうほうが、ゲーム機そのものの楽しみより勝っていたのかもしれない。

 高校生になって教師が腑抜け揃いになると同時に、彼女のゲーム熱もすっかり冷めてしまったが。最近はどんなものが出ているのか、ちょっと興味がわいた。

「寄ってかない?」

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