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緊急職員会議とやらで、学校が半日で終わった。生徒のだれかが、問題を起こしたという噂だった。
二葉は思わず振り返ってみたが、窓際の席に、鳥辺野霞美はいつもどおり、ぽつんと座っていた。
「これからどうするの?」
机に指を添えて話しかけるまで、霞美は気づかずに外を眺めていた。四角く切り取られた風景。灰色の校舎と、灰色の校庭。むだに生い茂る常緑樹さえ、灰色にかすんで見えた。
弾かれたように、彼女は体を震わせた。草食動物の癒しがたい怯えが、見上げる瞳の中に宿っていた。
(この子、サディスティックな心をくすぐるタイプね)
強いて微笑む自身を、牙を隠した肉食獣のように感じながら、二葉は語を継いだ。
「せっかく時間が空いたんだから、ちょっと遊ばない。もしいやでなければ」
泣きそうな顔で首を振る。遊ぶことを拒否しているのか、いやでないという意味なのか。おそらく後者と解釈して、彼女の耳に唇を近寄せた。
「あなたのことが知りたいの。わたしもあなたの知らないこと、いろいろ教えてあげるから」
鳥辺野霞美は耳まで赤くなった。
昨夜はさすがにアルバイトを休んだ。帰宅すると一彦は不在で、工房に一朗がいた。
相変わらず、エイジの部屋から引き取ってきたガラクタ・チャペックの修理に余念がない様子。溶接マスクをかぶった横顔が、黙々と火花を浴びていた。
「ただいま。風砲のエアを充填してほしいんだけど」
鞄をかざしてそう言うと、火花が止まり、溶接マスクが振り向いた。遮光ガラスを持ち上げると、ちょっと驚いた一朗の顔があった。
一彦と一朗。双子の兄とは同じくらい仲がいいが、どちらかというと一朗のほうが、よりウマが合う気がする。一彦は二葉と性格が似ており、機転がきくし抜け目がない。対して一朗はおっとりして、どこか一途で融通がきかない。そんな兄をもどかしく感じながら、粘り強さや慎重さに惹かれるのだろう。二つとも自身に足りないことは、重々承知している。
「使ったのか?」
ようやく一朗が口を開いた。二葉はいたずらっぽく、肩をすくめてみせた。
「痴漢に遇っちゃって」
「最近の痴漢は集団で武装しているのか。まあ、役にたって何よりだけど。貸してくれ」
マスクを脱いで鞄を受け取った。グリップを握り込み、風砲の形にチェンジさせた。けっこう反動がきついのだが、かれの強化アームはびくともしない。もちろんIBよりはずっと不完全ながら、禁断の金属細胞が使われており、手術したのはもちろん、二階の変態博士だ。
「ふぅん。あのスクラップが、こんなに奇麗になるなんてね」
後ろで手を組み、彫刻でも観賞するように兄の「作品」を眺めた。八割がた完成しているだろうか。所々カバーが外され機械が露出しているが、穴だらけだった装甲は修復され、博物館の骨董車のように磨き上げられていた。とくにほとんど欠損していた脚部が、見事に再生されているのは、目を見張るばかりだ。
彼女は知る由もなかったが、脚部は俗に「大転3式」と呼ばれる、サンポッドをベースに少しばかり量産された機体の脚を流用している。ただ繋げただけではなく、徹底的に改修して、オリジナルのサンポッドの脚が再現されているのは、一朗の涙ぐましい努力の結実だった。いかにも嬉しそうに、かれは鼻の下をこすった。
「わかるか? こんな美しい機体は、そうそうないよなあ。この肩の張り具合。引き締まったボディ。両手にガトリングガンを構えた勇姿は、たまらないものがあるぞ」
変態、という言葉を二葉は呑みこんだ。表面が奇麗に直っていると言ったまでで、こんなごついチャペックのボディラインを褒めたつもりはなかったのだが。やはり機械を愛でる男の感性には、ついていけないものがある。
「ねえ兄貴、あのガスマスクのお兄さんたちは、また襲ってくるかしら」
「痴漢のことか?」
「まあ。兄貴だって、わたしが襲われる可能性を想定して、それを新調してくれたわけでしょう」
一朗は風砲を解体する手を止め、宙を見つめた。囁くように、二葉はたたみかけた。
「あいつらはいったい何者なの?」