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 むしろ、機嫌がよすぎるのが気になった。キーを回しつつ空ぶかしするタイミングにコツが要るし、アクセルを踏む角度も、微調整が必要だ。これまで一発でエンジンがかかったタメシなど、果たしてあっただろうか。あったとしたら、ケーキを買って祝福するほどの奇跡にほかならない。

 おれは奇跡を目の前にして、しばし呆然とした。時に奇跡は、不吉な予感と区別がつかない。

「つけてくる車はあるか?」

 街路に出て少し走り、バリケードの隙間から広い道に入り込んだ。少女は依然、奇麗な姿勢で前を向いたまま。

「今のところ確認できません」

「あきらめてくれたか。そんなはずはないと思うが」

 のろのろ運転をしながら、煙草に火をつけた。あっちこっちで道路が掘り返され、発光コーンで囲われているが、作業員らしい人影は見当たらない。錆びたバックフォーが、二本の腕をむなしく振り上げたまま、道路の真ん中で固まっていたりするから、いちいちハンドルをきるのが面倒くさい。

 案の定、バックフォーのエンジンカバーはこじ開けられ、目ぼしい部品は、ごっそり抜きとられているもよう。それでも八幡兄弟に教えてやれば、大喜びで深夜、トラックを回すだろう。かれらにとって、使えない部品はない。ビス一本残さず解体するのに、一時間はかかるまい。

「左前方48度。照準が向けられました。対戦車砲と思われます」

 アマリリスが何歳なのか知るよしもないが、見た目は若い娘である。対戦車砲、という死滅した言葉を発するには、違和感がぬぐえなかった。なるほどそこに管理用の脇道があり、10トン積みの箱型トラックが、鼻づらをこちらへ向けて停まっていた。運転席側の窓を開けて、奇抜な恰好をした男が身を乗り出していた。

 赤いキャップに真紅のアフロヘア。真っ白な顔に口紅をべったりと塗ったさまは、いつぞやの、物騒な宅配業者に違いあるまい。地獄の道化師は、砲身の先に巨大な球根をくっつけたような、まがまがしい武器を肩に構えていた。

「パンツァーファウストだと? あんなものがまだ作られていたとはね!」

 おれはハンドルを、大きく右にきった。

 球根はひょろひょろと左のミラーすれすれを飛んで、背後のバックフォーを直撃した。予期してはいたものの、すさまじい爆風のあおりを食って、配管だらけのフェンスに右のミラーとライトを根こそぎ削り取られた。板金が強化されていなければ、今ごろおれの右半分も存在しなかったろう。サイドウインドウが粉々に砕け、ブレーキが悲鳴を上げた。

「くそったれめが!」

 弾丸レーサーなみの超絶テクで体勢を立て直し、どうにかこうにか停車させた。人間、意外な特技があるもので、我ながらじつに運転がうまい。などと、自画自賛している暇もなく、まったく動じていないアマリリスの声を聞いた。

「追ってまいります」

「むかし、そんな映画があったよな、こんちくしょう」

 ミラーで確認すると、煙突みたいな排気管から黒煙を吐きながら、トラックは路肩へ食み出しつつ、むりやりこちらへ鼻づらを向けようとしていた。でかい図体のわりに、驚異的な小回り。アームつきサスペンションをそなえた強化タイヤで、放置車両をばりばりと粉砕しつつ、怒声のようなクラクションを響かせた。

 明らかに、トラックに偽装した軍用車両だ。それも汚染地帯から掘り出してきたような、戦時中のやつがベースになっている。重炉心弾でもぶち込むならともかく、ただの拳銃ではお話にならない。だいたいあんな化け物が公然と走っているのに、刷新は何をやっているんだと言いたい。お世辞にも、おれは善良な地区民とは言えないにしてもだ。

「頼むぜ、愛車!」

 鳥辺野の爺さんみたく、車に名前をつけておくべきだった。さまにならないセリフを叫びつつ、ギアをマニュアルに切り替え、おもいきりアクセルを踏み込んだ。漫画みたいに車体がたわみ、ぎゃん、と、タイヤを鳴らして、愛車は前方へ弾き出された。

 それにしても、ひどい道路だ。そこそこに広く、対向車がないのはいいが、路面はでこぼこであっちこっち穴が開き、しかも道の真ん中に工事帯はある、放置車両はある、木まで生えているという。まあ、封鎖中の道を近道にしているおれに問題があるのだが。

 それら障害物を避けながら走るものだから、どうしても遅くなる。対して、暴走トラックは何でもかんでも踏み潰しながら、真っ直ぐ突っ込んでくる。たちまち距離が縮まり、バックミラーいっぱいに、トラックの顔面が映し出された。スパイクつきのワイパーが、ぐっと迫り出すのを見た。

 おれはギアをトップに突っ込んだまま、アマリリスの腕に軽く触れた。

「それを使う必要はない。まだ病み上がりのおまえに、それは使わせない」

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