65(1)
65
博士は「成長した」というが、おれの目にはむしろ幼く映った。それはもしかすると、どこかアマリリスの面影を宿したアリーシャと、行動をともにしていたせいかもしれない。
少女はすっかり伸びた髪をもて余し気味に、両耳の脇で束ねていた。硬い表情。きゅっと結んだ唇。上目づかいにおれを見る瞳が、涙を溜めているように潤んでいた。まるで飼い主に捨てられた小動物が、人を慕って寄って来たときの目とそっくりで、おれはいたたまれない気持ちにさせられた。
「調子はどうだ?」
「問題ありません、マスター」
「帰ろう。ジグソーパズルは、そのままにしてあるよ」
少女はこくりとうなずいた。
博士に目をやると、ソファにふんぞり返ったまま、あらぬほうを見つめていた。どうやらこれ以上、かれの口から新たな情報を引き出すのは不可能らしい。世話になったと礼を言うのも変なので、黒木に軽く会釈して、研究室をあとにした。
八幡商店のガレージはまだ閉まっていた。営業時間は完全に不規則なので、珍しいことではない。兄弟揃って仕入れに出たか、籠もって何か作っているのか。お転婆娘なら、とっくに学校に行っている時間である。
(そういえば、しばらく二葉の顔を見ないな)
親孝行横丁で、血染めのコックと戦った日以来だろうか。出かける前に二葉が訪ねて来たのは覚えているが、何の用事だったろう。それほど前の話でもないのに、ずいぶん時が経ったように感じる。寄って行こうかとも考えたが、思いなおして、閉じたシャッターの前を素通りした。
両手を上着のポケットに突っ込んで歩く後ろから、少女はついてくる様子。どこか危なっかしい足音が、久しぶりの外出を示すようだ。煙草屋の前で立ち止まり、小窓を覗いた。いつものおばちゃんは、いつもどおり不在である。銘柄を選ぶふりをして、少女に小声で話しかけた。
「何人いる?」
きちんと前を向いたまま、アマリリスは答えた。
「一人です」
「武器を持っているか?」
「拳銃以外には、確認できません」
尾行者は、すぐに襲うつもりはないらしい。そなえ付けのベルを鳴らすと、一分近く待たされたあと、アフロヘアのおばちゃんが面倒くさそうに顔を出した。
「あんたか。昼間からうろついているなんて、珍しいやね」
無感動な眼差しをちらりと少女に向けたが、何か言う代わりに大あくびした。歯が欠けているので、どうしても河馬をおもわせる。もっとも、河馬の実物を見たことはないが。
「蝙蝠印は入っているかい」
「あいにくだったね。ヤミが欲しけりゃ、ほかをあたりな。一週間ばかり切らしたまんまさ。最近は監視が厳しいやね。ゴロツキを見かけない日はないときている」
超小型無人偵察機ソフトボールのことを、アフロのおばちゃんはゴロツキと呼んでいる。
「それとも素直に、税率93パーセントの煙草を買うかね。きっと旨いよ」
大笑する河馬に手を振って、店先を離れた。尾行者もまた、それにつれて移動を始めた様子。刷新かとも考えたが、カヲリはこそこそとつけ回すようなタイプじゃない。用があるなら、どこへでも乗り込んでくるだろう。
ではやはり、ツァラトゥストラ教徒か。聖歌隊の制服を着た少年の姿が脳裏をよぎる。かれはシャングリ・ラの二階家が崩壊する前に、脱出している可能性が高い。
(しかし、なぜ……)
死ななかったのだろう。鳥辺野の銃で心臓を撃ち抜かれながら、死なないどころか、痛みすら感じた痕跡がなかった。もし、あんな化け物につけ回されているのだとしたら、かなり厄介なことになる。またその可能性は、決して低くない。
愛車は撤去屋に捕まることなく、路上でちゃんと待っていてくれた。手狭な助手席に難なくおさまったアマリリスを見て、あらためて少女だと感じる。さいわい、エンジンは機嫌がよかった。