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64(2)

 おれは「幽霊船」での体験を簡単に話した。

 注意深く見ていると、博士が三度、眉をひそめるのがわかった。一度めは、鳥辺野がモグラの心臓を「ジュリエット」と呼んでいたくだりで。二度めは、これは当然であるが、バルブの発見に関して。そうして三度めは、鳥辺野の最期で。

 アリーシャの「魔法」や、人型IB。ジークムント旅団および、竜門寺武留に関するエピソードには、眉毛ひとつ動かさなかった。ただ、聖歌隊の制服を着た少年について話したときだけ、ぴくりと瞼を震わせた。

 ちなみにおれは今のところ、これらの情報をありのまま人類刷新会議の武装警官、カヲリに報告するつもりはない。麻薬密売組織の正体は、ジークムント旅団であった。不可解な地震とともに跡形もなく消え失せた。これで充分だろう。かといって、相崎博士を信頼しているわけではないが、少なくともかれは、おれと同様、アウトサイダーに属する。

 当局の人間と比べれば、まだ変態博士のほうが百倍信用できるというものだ。問わず語りに、かれは言う。

「鳥辺野の研究は多岐にわたるが、おおまかに二つの柱から成っておる。ひとつはIBの進化だ。むろん、今も汚染地帯のどこかで、やつらは猛烈な進化を続けておるが。突然変異による種の枝分かれではなく、ダーウィンの大樹をまっすぐに登るような進化を、しかも人為的に促進できないものかと、鳥辺野は考えておった」

 どうしても脳裏にちらつくアマリリスの影を追い払いながら、おれは尋ねた。

「なんのために?」

「対IB兵器の創出だよ。タテマエ上は、な」

「つまり、IBに人間なみの知能をもたせようというのですか。良心が芽生えるほどの」

 博士は鼻を鳴らした。

「はん。良心だとか理性だとか、とっくに滅亡した言葉を、きみはよく知っておるな。最終的にはIBとの対話によって、世界平和を実現しようというのか。そう思うのは勝手だし、鳥辺野もそんなタテマエを吹聴しておった。が、やつの本音はさっき言ったとおりさ」

 実験室における、神の創造。

 熱くもないのに、こめかみを冷たい汗が伝った。

 沈黙をぬって、柱時計の振り子の音が硬く響いた。ドアの向こうの実験室で、アマリリスはまだ、培養液の中で眠っているのだろうか……おれは煙草に火をつけた。

「向こうでは、あの爺さんにさんざんコケにされたものですがね。おれの鈍い頭でも、シナリオの骨子がわかりかけた気がしますよ。竜門寺武留のウラには、ジークムント旅団がついていた。なるほど、竜門寺家の後継者として否の打ちどころのなかったかれが、突如、候補から外された理由も、そこにあったのでしょう」

 武留の野望を、竜門寺真一郎は恐れたのだ。稀代の学者にして、政治的野心の塊でもあった。武留はツァラトゥストラ教徒の過激派が、IBを統御する実験を繰り返していた、長年の技術の蓄積に目をつけたのだろう。人食い私道に封印されていた化け物も、実験による失敗作のひとつに違いあるまい。

 しかしなぜ、旅団と組んで人型IBの創造にまでこぎつけながら、武留は破滅したのだろう。側近らしい少年はなぜ、武留を刺したのだろう。

 少年が武留の秘書的な役目を果たしていたとみて、まず間違いないだろう。それもワットと麗子のようなドライな関係では、決してない。滅びた言葉を使うなら、小姓のような存在ではなかったか。女狂いの長兄、舞踏卿こと竜門寺慎二郎と異なり、武留はカタブツで通っていたが、男色の噂が囁かれてもいた。

 少年と武留の愛憎劇を想像するのはたやすいが、そこに旅団が絡み、さらに麻薬密売組織の消滅を思い合わせると、問題はそう単純ではなくなってくる。

(まるで自身の悪夢を分析しているようだな)

 溜め息とともに、煙を吐いた。なるほどおれは、「幽霊船」における悪夢じみた体験の解釈を欲しがっている。目の前にふんぞり返っている白衣の男を、統合分析派の精神科医に見立てて。分析よって、傷を癒そうとするかのように。

(そうやってまた放り出すつもりか。ジュリエットにしたように。振り向きもせずに去って行けば、それでいいのか)

 鳥辺野義秋の叫び声が、脳裏に生々しくよみがえった。

 かれは武留および少年を憎んでいた。ある意味、かれらを抹殺するために、おれやアリーシャを巻きこんだといえる。いや、かれらばかりでなく、人型IBも含めてだ。が、しかし、それとモグラに名づけていた「ジュリエット」との間に、どういう関係が成り立つのだろうか。

 相崎博士に尋ねると、いつになくかれは苦しげな表情を隠さなかった。

「かれにとってジュリエットは、ワガハイにおける黒木くんのようなものだったよ。ただワガハイと違って、鳥辺野は正常な性欲の持ち主だった。そういうことだよ」

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