表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/270

8(1)

  8


 少女が何か答えようとしたとき、チャイムが鳴った。

 時計に目をやると、まだ十時になっていない。おれは首をひねりながら席を立った。わりと時間に正確な八幡兄弟にしては、ずいぶん早いお出ましである。

「あっ、わたしが出ますから」

「いいよ。その恰好で出られると、なんだかこっちが照れくさい」

 カメラつきインターフォン、などという高級なものはハナからついていない。小廊下でアマリリスを追い抜いて、何気なくノブに手をかけたとき、なんでも屋のカン、というやつか。一瞬、頭の中で警報が鳴った。

「どちらさま?」

 返事がない。ドアスコープに目を当てたが、真っ暗で何も見えない。

 いよいよ「やばい」と感じたところで、勢いよくドアが引き開けられた。昨夜から、鍵は開けっ放しだったのだ。身構える間もなく、胸元に自動小銃を突きつけられた。反射的に振り返ると、すでにアマリリスは猫のように身を低くしていた。

「手を出すな! おとなしくしていろ」

 今にも飛びかかる体勢から、少女が身を起こすのを確認して、おれはゆっくりと手をあげた。ガスマスクのようなものを被ったコマンドが二人、目の前に並んでいる。後ろにもう一人立っている黒服が、指揮官だろうか。コマンドの服装から、すぐに人類刷新会議の武装警官だと察しがついた。それも、テロリストの検挙を主な任務とする別働隊とおぼしい。

 近頃、なんでも屋をはじめ、私的に武装した組織への風当たりが強いのは確かだ。しかし、おれは下っ端の契約社員に過ぎないのであって、ガサ入れならワットの所へ行くべきではあるまいか。それとも、すでに事務所へは踏み込んだ後で、ついでに下っ端もしょっ引こうというわけか。

 無言でコマンドに促されるまま、おれは頭の後ろに手を組んで、中へ後退りした。最後に入ってきた指揮官は、黒いバイザーのついたヘルメットで、頭部をすっぽりと覆っていた。まだかなり若いのか、みょうに華奢な体つき。アマリリスの姿をみとめると、さすがに驚いたリアクションをみせた。

「あの子は?」

 バイザーにさえぎられて、くぐもった声は、明らかに女のものだ。

「年の離れた妹だ」

「ほう。なぜ新東亜ホテルのメイドの恰好を?」

 おれはニヤリと笑って答えなかった。じつは内心、パニックにおちいりかけていたのだが。しかしこのタイミングで、刷新会議がアマリリスの正体を嗅ぎつけているとは考えがたい。少女にメイドの恰好をさせて喜ぶ変態、くらいに思わせておくのが無難だろう。変質者の逮捕は、別働隊の管轄外なのだから。

 コマンドは二人ともおれに銃を向けたまま。まったくアマリリスを警戒していないのだから、擬態の効果恐るべし、である。素早く周囲を見わたして、黒服の指揮官が言う。

「とつぜん驚かせてすまなかった。少し話したいのだが」

「十一時にお客が来るんですがね。それまでに終わるんでしたら」

「出方次第と言っておく。ともあれ、それは預からせてもらう」

 そう言っておれに近づき、ポケットからM36を抜き取った。香水のにおいがした。壁に押し付けるなり床に転がすなりして、身体検査されるのかと思っていたが、反対に彼女は、コマンドを二人とも後ろに下がらせた。おれは肩をすくめて腕をおろした。お世辞にも友好的とは言えないにせよ、いきなり身柄を拘束するつもりはないらしい。

「アマリリス、この方たちにお茶を」

 ガスマスク越しに飲めるのか疑問だが、半分は皮肉のつもり。もう半分は、なるべくかれらの視界から少女を遠ざけておきたい気持ちで、そう命じた。黒服は何も突っ込まず、少女がお辞儀をしてキッチンへ向かうまで、無言で見送っていた。おれは目顔で促して、かれらを居間へ案内した。

 さっきまでおれが寝ていたソファの上で、黒服は足を組んだ。いかにも武装警官らしい横柄な態度だが、間近で見ると、細くて柔らかい体の線は隠しようがない。おっぱいもけっこうありそうだ。コマンドは銃を上に向けて両脇にひかえている。小テーブルを挟む恰好で、おれは椅子にかけ、わざととぼけた質問をした。

「何かあったんですか」

「我々の素性はわかっているな?」

「ある意味で。もっとも、身分証や令状の提示が必要になるくらい、刷新さんには治安回復に励んでもらいたいんですがね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ