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少女が何か答えようとしたとき、チャイムが鳴った。
時計に目をやると、まだ十時になっていない。おれは首をひねりながら席を立った。わりと時間に正確な八幡兄弟にしては、ずいぶん早いお出ましである。
「あっ、わたしが出ますから」
「いいよ。その恰好で出られると、なんだかこっちが照れくさい」
カメラつきインターフォン、などという高級なものはハナからついていない。小廊下でアマリリスを追い抜いて、何気なくノブに手をかけたとき、なんでも屋のカン、というやつか。一瞬、頭の中で警報が鳴った。
「どちらさま?」
返事がない。ドアスコープに目を当てたが、真っ暗で何も見えない。
いよいよ「やばい」と感じたところで、勢いよくドアが引き開けられた。昨夜から、鍵は開けっ放しだったのだ。身構える間もなく、胸元に自動小銃を突きつけられた。反射的に振り返ると、すでにアマリリスは猫のように身を低くしていた。
「手を出すな! おとなしくしていろ」
今にも飛びかかる体勢から、少女が身を起こすのを確認して、おれはゆっくりと手をあげた。ガスマスクのようなものを被ったコマンドが二人、目の前に並んでいる。後ろにもう一人立っている黒服が、指揮官だろうか。コマンドの服装から、すぐに人類刷新会議の武装警官だと察しがついた。それも、テロリストの検挙を主な任務とする別働隊とおぼしい。
近頃、なんでも屋をはじめ、私的に武装した組織への風当たりが強いのは確かだ。しかし、おれは下っ端の契約社員に過ぎないのであって、ガサ入れならワットの所へ行くべきではあるまいか。それとも、すでに事務所へは踏み込んだ後で、ついでに下っ端もしょっ引こうというわけか。
無言でコマンドに促されるまま、おれは頭の後ろに手を組んで、中へ後退りした。最後に入ってきた指揮官は、黒いバイザーのついたヘルメットで、頭部をすっぽりと覆っていた。まだかなり若いのか、みょうに華奢な体つき。アマリリスの姿をみとめると、さすがに驚いたリアクションをみせた。
「あの子は?」
バイザーにさえぎられて、くぐもった声は、明らかに女のものだ。
「年の離れた妹だ」
「ほう。なぜ新東亜ホテルのメイドの恰好を?」
おれはニヤリと笑って答えなかった。じつは内心、パニックにおちいりかけていたのだが。しかしこのタイミングで、刷新会議がアマリリスの正体を嗅ぎつけているとは考えがたい。少女にメイドの恰好をさせて喜ぶ変態、くらいに思わせておくのが無難だろう。変質者の逮捕は、別働隊の管轄外なのだから。
コマンドは二人ともおれに銃を向けたまま。まったくアマリリスを警戒していないのだから、擬態の効果恐るべし、である。素早く周囲を見わたして、黒服の指揮官が言う。
「とつぜん驚かせてすまなかった。少し話したいのだが」
「十一時にお客が来るんですがね。それまでに終わるんでしたら」
「出方次第と言っておく。ともあれ、それは預からせてもらう」
そう言っておれに近づき、ポケットからM36を抜き取った。香水のにおいがした。壁に押し付けるなり床に転がすなりして、身体検査されるのかと思っていたが、反対に彼女は、コマンドを二人とも後ろに下がらせた。おれは肩をすくめて腕をおろした。お世辞にも友好的とは言えないにせよ、いきなり身柄を拘束するつもりはないらしい。
「アマリリス、この方たちにお茶を」
ガスマスク越しに飲めるのか疑問だが、半分は皮肉のつもり。もう半分は、なるべくかれらの視界から少女を遠ざけておきたい気持ちで、そう命じた。黒服は何も突っ込まず、少女がお辞儀をしてキッチンへ向かうまで、無言で見送っていた。おれは目顔で促して、かれらを居間へ案内した。
さっきまでおれが寝ていたソファの上で、黒服は足を組んだ。いかにも武装警官らしい横柄な態度だが、間近で見ると、細くて柔らかい体の線は隠しようがない。おっぱいもけっこうありそうだ。コマンドは銃を上に向けて両脇にひかえている。小テーブルを挟む恰好で、おれは椅子にかけ、わざととぼけた質問をした。
「何かあったんですか」
「我々の素性はわかっているな?」
「ある意味で。もっとも、身分証や令状の提示が必要になるくらい、刷新さんには治安回復に励んでもらいたいんですがね」