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 アマリリスは軽くうなずき、手際よく自分のカップを用意して、目の前に腰をおろした。おれと色違いの赤いカップだし、椅子の音はたてないし、メイドの恰好をしていることも相まって、自分の部屋にいることさえ、うっかり忘れそうになる。

 ソーサーごと持ち上げて、薄いカップの縁を口へ運ぶ。たしかに「美味しい」という顔をしたが、本当に味がわかっているのかどうか。そんなことも含めて、さて、何から尋ねたものか。考えてみれば、おれは彼女のことを何も知らないに等しいのだ。

 カプセルが発見されたイキサツなら、ブラザースから聞いていた。しかしそれ以前の「過去」に関しては、まったくの謎だ。第二次百年戦争時に作られたらしいと変態博士は言うが、それから現在まで膨大な時間が経過している。彼女は何をしていたのか。ずっと眠っていたのか。そもそも記憶があるのか……

 思わずカップの前に指を組んで、また前方に目をやった。アマリリスはカップとソーサをテーブルに戻し、おれを見てちょっと首をかしげた。お話があるのでしたら、うけたまわります、といったところか。よく機転のきく、この年頃の少女の仕ぐさそのもので、やはり夕べの出来事との接点を見失いそうになる。

 八幡ブラザースが来れば、もうちょっと突っ込んだ話も聞けるだろう。が、心情的に、かれらが来る前に、彼女と少しは話しておきたかった。とりあえず、無難なところから尋ねることにした。

「きみは、その……お腹は空くのかい」

「空腹感はございません。設定を書き換えれば、それを感じることもできますが」

「きみにとっての食物、つまりエネルギー源は何だろう?」

「基本的には必要ありませんが、たまに外部から摂取するほうが望ましいようです。熱に換えられるものなら、何でも摂取できますが、現在の設定では、マスター同様、食事による方法に最適化されています」

 基本的に腹は減らないが、たまには飯を食ったほうが健康にいい、といったところか。

 しかし、少女はさらりと言ってのけたが、基本的にエネルギーを必要としないという事実は、あまりにも驚異的と言わざるを得ない。それは彼女の内部にも、あの「永久機関」が内臓されていることを意味した。はからずも、おれはしょっぱなから、最も本質的な質問をぶつけてしまったわけだ。

 一度動き始めたIBは、誰にも止められない……この諺は、イミテーションボディの根本といえる、永久機関の驚異を語ったものだ。言うまでもなく、それはエネルギーを必要としないエンジンをあらわす。理論上、このエンジンは決して止まることがない。

 ゆえにIBは、理論上、死ぬことがない。

 イミテーションボディを神とあおぐ新興宗教もあると聞く。例のカプセルが発見された地下室が、ツァラトゥストラ教と関係があるらしいことは、八幡兄弟の証言から知れた。この教団は秘密結社的な色合いが濃く、表向きは神の存在を否定し、「超人」としての再生を説く。一方で、IB崇拝の温床であるという噂もあるのだ。

 むろん、永久機関とえいども、かつて人間が作り出した機械に過ぎない。ただ、現在では最大級のロストテクノロジーとみなされている。

 おれの知る限り最も高い技術力をもつ、あの相崎博士でさえ、いまだにそのメカニズムを解き明かすことができない。永久機関の秘密を手に入れた者が世界を征す、と言われるくらい。人類刷新会議にせよ首長連合の残党にせよ、謎の解明に血眼になっているのだが。

「マスター」

 呼ばれてびくりと顔を上げた。何度呼ばれてもなかなか慣れない。

「紅茶をもう一杯、いかがですか。それとも、ほかのものをお作りしましょうか」

「あ、ああ、ありがとう。じゃあ、紅茶をもらおうか」

 メイドのほうが主人より百倍気品があるのも、考えものである。砂糖を断り、二杯めの紅茶を一口すすって、おれはまた推理した。

 アマリリスが内蔵している永久機関は、おそらく野生種のIBのそれと比べて、不完全なものではあるまいか。昨夜も聞いたとおり、彼女の中で、純粋にイミテーションボディである部分は、左手首から先だけであり、残りの体は、IBの遺伝子に改良を加えて合成されたものだから。どうしてもオリジナルとの差異が生じてしまうのだろう。

 彼女はオリジナルのIBではない。とりもなおさず、この事実は、おれを少なからず安堵させた。

「つかぬことを訊くけれど、きみはきみ自身を、どういう存在として把握してるのかな」

 我ながら変なことを訊いたものだし、案の定、アマリリスも小首をかしげた。どうやらこれが少女の癖であるらしく、なかなか可愛らしい仕ぐさであることは、認めねばなるまい。

「ご質問の意味がよく呑みこめません」

「つまりその……ぼくにとって、きみはどういう存在なんだろうか」

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