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58(2)

 おれはM36をIBの傷口に向けた。五発放ったが、すべてエナジー・シールドに阻まれた。なるほど、生きてやがる。

 拍手の音。薄化粧の少年が笑っていた。

「素晴らしい余興です。ここまで素晴らしい舞踏を披露していただけるとは、失礼ながら、思いもよりませんでした。わたしたちも、待った甲斐があったというものです」

 高く澄んだ声が響く。かれに聖歌を歌ってもらえば、神様もさぞかし、ご満悦だろう。ツァラトゥストラ教では、神は死んだと教えるらしいが。ならば、かれらは死んでしまった神に代わって、不死の存在を祭り上げようというのか。

 人工的な神を。

「いずれにせよ、あと二分だ。その間にこいつが再び動きださなければ、それで終わりだ」

 いったいおれは、誰に向かって喋っているのだろう。アリーシャか、少年か、それとも、神様にすがりつきたいのだろうか。

「お若いの、よい知らせと悪い知らせがあるのだが。どちらから聞きたいかの?」

 トリベノはキーボードを打つ手を止めていた。すべての指を鉤型に曲げたまま、モニターを睨んでそう言った。

 マキや二葉ならよいほう選ぶだろうが、どんな場合もおれは後者だ。先に最悪の事態を想定し、少しはマシな抜け道を探る。食い物でも、わざと不味そうなところから口へ運ぶ。その結果、旨いものにありつく前に、食欲をなくしているという、絵にかいたような貧乏性。

「よい知らせから聞かせてくれ」

「やつの背中の中心に、もう一つ、赤い眼玉がある。そいつが本来のCOEだ」

「COEとは?」

「コア・オブ・エデン。眼玉をかたどった人型IBの中枢だよ。もちろん、そこが弱点でもある」

「で、よくないほうは?」

 微動だにしないトリベノのゴーグル眼鏡に、モニターの光が映り、ちらちらと踊っていた。やがて口の端が、泣き笑いするようにゆがめられた。

「五分と言ったのは取り消さねばならなない。現在のやつの駆動時間は、未知数だ」

「それを早く言え!」

「よい知らせから聞きたがったのは、お前さんだろうて」

 おれは再びパイソンを抜いて床に身を投げ出し、怪物の背後に回りこんだ。赤い眼玉、らしきものは見当たらなかったが、背中の中心にピラミッド型の突起がある。COEとやらは、おそらくこの下に格納されているのだろう。撃ち放った弾丸は、けれど閃光とともに粉みじんに砕かれた。さっきよりも、シールドの強度が上がっている?

「どうなっているんだ!」

「喜んでおるのだろう。殺戮マシンとしての遺伝子が。戦闘の快楽に酔いしれ、血みどろの寛喜に震えておるのさ。気をつけなされ、お若いの。メタモルフォーゼが始まる」

 メタモルフォーゼ? 芋虫が蝶に変わるような、変態のことか。

 たしかに、インセクトタイプのIBには、これをやらかすやつが稀にいた。変態する直前は一定期間動きが止まるので、やつらは身を守るため、ドーム型の装甲を形成し、その中に閉じ籠もった。まさに、サナギと化したように。殻を破って再び動き出した姿は、思い出したくもない、絵にかいた悪夢そのものだった。

 おれは残り五発の弾丸を怪物の様々な箇所に撃ちこんだが、どこでも弾を粉砕するほどのエナジー・シールドが発生した。これでは装甲を形成するかわりに、強力なエナジー・シールドで全身を固めているに等しいではないか。いわば、透明なサナギだ。

 ほとんど無意識に、後退りしていた。大きく脈打つように、怪物の肩がびくんと震えた。

(血みどろの寛喜に震えておるのさ)

 メタモルフォーゼはCOEの周辺から始まった。ピラミッド型の突起が背中で何倍にも膨れ上がりつつ隆起すると、両手が床に着くほど体が二つに折り畳まれた。ピラミッドが四方に根を張るように、礫状の装甲が広がり、たちまち全身を覆うと、さらに各所で変化を始めた。

 両肩には最も幅広い、豆の鞘をおもわせる装甲が形成された。そこからごつごつと角が突き出し、巨大な眼玉の模様がひとつずつ生じた。蝶の翅との類似が、正視に耐えなかった。長大な爪が再生し、しかも今度は両手に及んだ。吸盤に変わって、足の指にもまた鋏をばらしたような爪を三本ずつ発生させた。

 怪物はむくりと身を起こした。

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