表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/270

57(3)

 おれはパイソンを抜き、だらりと脇に垂らしたまま、闇の塊に目をこらした。飛び出してくるからには、何らかのアクションがあるだろう。人のカタチをしているのだから、膝を曲げるとか身をかがめるとか、何かするだろう。そう考えたのが間違いのもとで、そいつは眼玉をぐるりと動かしたばかり。

 まるで背中に見えないジェットでもつけているような、謎の推進力で、そいつは飛び出してきた。暗黒の彗星のように尾を引きながら、トリベノの予告どおり、四十五度の方向へ。テーブルを粉砕し、潰れた果実を臓物のようにばら撒いた床の上に、両棲類をおもわせる厭な姿勢で、へばりついた。

 おそらくおれの度肝を抜いたあと、そこからさらに飛びかかるつもりだったのだろう。事実、トリベノの予告がなければ、数秒後には無残に屠られていただろう。けれど、おれはすでに銃口を向け、正確にやつの眼玉を狙って弾を放つことができた。

 弾は命中したが、掃討車やチャペックとは、わけがちがう。まさかこの程度で仕留められるとは考えていないし、あらぬ方角へ弾丸は弾かれたけれど、多少は相手を驚かせたようだ。退化猿人の悲鳴にも似た、粘液質の奇声を上げながら、IBは両手を存在しない顔の前で振り回した。

「GOだ!」

 促すまでもなく、彼女は駆け出していた。同時にジャンプしたプルートゥの首輪にカードをすべらせた。速い! 宙に身を躍らせ、すでに彼女は長大な銀色の剣を振りかざしていた。不法ギルドの中毒者を倒した、蛇の剣だ。

 黒い尾が、ざくりと切断された。緑色の溶液がほとばしり、神経のようにコードが踊り、蒼い火花がスパークした。怪物は床をごろごろと転げ回り、さらにいくつかの小テーブルを、めちゃくちゃにした。

 あと五分。

 ただし、彼女の「武器」が、IBにどれほどの効力を発揮するのかは、未知数である。リビングデッドには通用しても、果たして対IB用の武器となり得るのか。しかもこの怪物が、どんな能力を持つのか、まったく得体が知れない。インセクトタイプ以外との交戦は、おれも初めてなのだから。

 剣の切っ先を向けて、アリーシャが突っ込んだ。おれは片膝をついて援護射撃を行う。パイソンに動きを止められた怪物の肩に、蛇の剣が食い入った。噴出する溶液と、おぞましい悲鳴。時には慈悲をかなぐり捨てて闘う女神のように、彼女は剣を引き抜き、高々とふりかざした。

 切り飛ばされた怪物の上腕が、蒼い火花を吐き出しながら床の上を滑走して視界から消えた。チャンスだ。けれど彼女はそれ以上踏み込まず、後ろに飛び退いて猫のように身を低くした。どこから吐き出したのか、一瞬前まで彼女のいた場所には、いくつもの黒い爪状の塊が、深々と床をえぐっていた。

「おい、冗談だろう」

 怪物の右腕が見る間に再生するのを、おれは見た。しかもその部分は、灰色の礫を敷き並べたような装甲に覆われ、まがまがしくも長大な三本の爪を有していた。それは否応なく、IB化したアマリリスの左手を思い起こさせた。まだあと四分以上残っている。

 爪を振りかざして、IBはアリーシャに突進した。おれは新たに装填した弾を側面から放ったが、思ったとおり、急所に当てなければ弾き返されるばかり。彼女は剣で防御しながら、瞬く間に追い込まれてゆく。剣戟の音が響き、火花が散る。彼女の背が、どんと壁にぶつかる。すかさず咆哮を発しながら、怪物が踏み込んだ。

 瀟洒な壁紙がえぐられ、大きなコンクリート塊と化して砕けた。倒れ込みながら、アリーシャはかろうじて横へ逃れ、床を転がって、テーブルの脚にぶつかった。血しぶきのように、赤い花びらが舞う。

「アリーシャ!」

 怪物はゆうらりと向きを変え、倒れている彼女に歩み寄った。なぶり殺しにする悦びを、舌なめずりしながら味わっているように見えた。打ちどころが悪かったのか、横転したまま彼女は動かない。おれは怪物の正面に回りこみ、シリンダーが空になるまでパイソンを撃った。

 すべて眼玉に命中した。にもかかわらず、それは数センチ手前で、閃光とともに弾かれるのだった。エナジー・シールド? 一種の保護膜を形成させ、急所を守っているのだ。おれは新たに弾を籠めるのも忘れて、呆然と立ち尽くした。冗談じゃない。

(こいつは……進化するというのか……)

 機械生命体イミテーションボディの遺伝子は、もともと不安定なため、突然変異を起こしやすい。進化が突然変異の異名であるのなら、IBは自身の特性にのっとって進化してきた。わずか百年の間に、様々な変種を発生させたことは驚異的であった。けれど、

 ものの一分足らずで、固体において進化するIBなど見たことも聞いたこともない。

 反射的にトリベノに目をやると、白髪を振り乱し、気の触れたピアニストのようにキーボードを叩きまくっていた。いや比喩ではなく、あれは本当に気が触れてしまっているようにしか見えない。怪物の笑い声を聞いたのは、そのとき。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ