55(3)
限定的に、ね。
「まあいいだろう。ロボット三原則にのっとって、おまえの名前を知りたい」
「型番ハ、BSS63b。通称ハ、タウロス二号、デス」
おそらくミノタウロスからとったのだろう。なるほど、天地に連なる迷宮のような、こんな場所で行き逢うには相応しい気もするが、家事用チャペックとしては、物騒な名だと思わざるを得ない。おれはカップを受け取り、タウロスは両手をおろした。ソーサーに、スプーンと二つの角砂糖がのっていた。
何も加えず、ひと口飲んだ。いたって無粋なおれだが、代用茶葉がいっさい使われていないのはわかる。
「旨いね。おれの名はエイジだ。コードネームだけどな。限定的で構わないから、ここがどこなのか教えてくれないか」
近くで爺さんが鼻を鳴らすのが聞こえた。言いたいことはわかっている。
例え女がいる酒場に入っても、おれは給仕のチャペックを相手に呑んでいる場合が多い。女嫌いでないことは、ご承知のとおりだが、なぜか機械を相手にしているほうが、ずっとくつろいだ気分になれた。女たちに変態呼ばわりされながら。
機械に優しくしたところで、無意味なのは承知の上だが。それでも処理班時代の相棒、サンポッドは、自身を盾にしておれを助けてくれた。そんなプログラムは一切されていないにもかかわらず、だ。タウロスは答えた。
「シャングリ・ラ」
「なるほどな。おまえは……こう言っちゃアレだが、ここを不法に占拠している主人に従っているのか。それとも、この家の備品なのか」
「以前、ノ、マスター、ハ、船、ノ、管理組合、デシタ。アタラシイ、マスター、ニヨッテ、改造強化、サレタノ、デス」
「よくわかるよ。当然、リミッターは外されているのだろう」
「ハイ」
「現在のおまえの主人の名は?」
「守秘義務、ヲ、遂行シ、マス」
やはり、そうきたか。もとから期待していなかったので、おれはちょっと肩をすくめて、質問を変えた。
「何のために、おれたちはここへ招待された。もし招かれていればの話だが」
「タシカ、ニ、ゴ招待、イタ、シ、マシタ。マスター、ノ、リョウシン、ニ、ヨッテ」
リョウシンとは、両親ではなく良心に違いない。文脈としてはどちらもアリだが、良心だと直感した。それもどうやら、おれたちにとって、あまりありがたくない良心のように思われる。時に良心は、悪意の何十倍も恐ろしい悲劇を生む。純真な心で遂行される暴力ほど、恐ろしいものはない。
不意にタウロスのランプが一斉に点滅し、小さくブザーが鳴った。なぜか叱責されている印象を受けた。そそくさとタウロスは小腰を屈め、空のカップを集め始めた。盆を小テーブルに置いて、大型の洋服箪笥に歩み寄ると、扉を左右に開いた。
「皆様ニハ、コレニ着替エテ、イタダキタク、ゾンジマス」
襞をたっぷりとった布地の塊が吊るされていた。どうやら二着のイブニングドレスとおぼしく、ついでに二着のタキシードが、ぶら下がっているのを見た。
興味をそそられたのか、マキが箪笥に近づき、一着を胸の前にかざした。黒いドレスは、襞が多いわりにシャープな印象。大きく開いた襟ぐりの胸の部分に、黒薔薇のコサージュが縫いつけられていた。
「これはアリーシャに合いそう」
もう一着はワインレッドで、スカートがふわりと広がっていた。至る所につけられたリボンからして、いかにも少女趣味である。が、マキの様子から、意外にも気に入ったらしいことがうかがえた。
「可愛いわ……」
「ゴ婦人ガタ、ニハ、コチラ、デ、着替エテ、イタダケ、マス、ヨウ。簡便、デハ、ゴザイ、マス、ガ、シャワー、モ、ゴ用意、イタシテ、オリ、マス」
すでにタウロスは、数枚の衝立を部屋の隅に立て回し、ちょっとしたプライベートルームをこしらえていた。どこから引き出したのか、シャワーのノズルが、壁にかかっているのが見えた。マキとアリーシャは顔を見合わせ、それぞれのドレスを手に、衝立の後ろに隠れた。
プルートゥは牡猫としての自覚があるのか、我々とともに残った。