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 エレベーターが開いたのは、それからおよそ二時間後。四人も乗りこめば、すし詰めに近い。トリベノが一番上のゼロ階のボタンを押すと、ドアが閉まり、ゴンドラは上昇を開始した。

「ゼロ階には何がある? おれたちは、だれに会いに行こうとしているんだ?」

「もしかして……」

 おれの質問を継いだのは、マキだ。小柄な爺さんの肩が、ひこひこと揺れるのがわかった。笑っているらしい。

「そのとおりだよ、お嬢さん。こいつは地獄から天国までの直通便さ」

 天国といえば、考えられる場所はひとつしかない。「幽霊船」の最高階に位置する街。夢のように美しいが、人っ子一人いないという……

 シャングリ・ラだ。

「そこに麻薬密売組織の首領が隠れている、と?」

「いかにも」

「しかし、あそこは『幽霊船』の聖域であり、アイデンティティーそのものだろう。無人のまま美しく保っておくことで、こう言っちゃマキに申し訳ないが、ならず者の集まりであるこの場所を丸く治めている。いわばシャングリ・ラは、船に住む者たちの共通の夢だ」

 ゆえに船の住人の誇りをかけて、聖域は厳重に管理されている。最下層に身を潜めるのとは、わけが違う。無数の監視カメラが目を光らせているし、不埒な侵入者を蜂の巣にする仕掛けには事欠かない。そのうえ掃除と称して、箒の代わりに銃をかついだ集団による、定期的な巡察まで行われているのだから。

 トリベノは鼻を鳴らした。

「はん。ワガハイとて、伊達にどん底を這い回っておったわけではないわい」

 闇煙草を売りながら、情報収集に努めていたことは知っている。闇のブローカーたちは、スパイ業者を兼ねていたに違いない。かれは語を継いだ。

「じわじわと輪を絞りこんでいった先が、あそこだったのさ。地獄の主人が天国に住んでいるというのは、なかなか気の利いたブラックユーモアじゃないかね。だが、どうしても入り口が見つからなかった」

「シャングリ・ラからは入れないのか?」

「そりゃ入れるさ。蜂の巣になっても生きておられたら」

 返す言葉もなかった。迎撃システムを逆手にとって、潜り込んでいたわけだ。入り口が地下にしかないことも、それならうなずける。

 殻つきワームが這うように、ゴンドラの上昇速度はきわめて遅い。この狂ったエレベーターを、首領が使っていたのだろうか。あるいは地下の街を放てきする際に壊すつもりが、不完全なまま生かしてしまったのかもしれない。トリベノは言う。

「むろんその入り口は、麻薬密造の拠点と繋がっていなければならない。必然的に、バルブを追う恰好となったのさ」

「単純な疑問だが、クラーケンを合成するのに、なぜバルブが必要なんだ? IBを生み出すための装置ではなかったのか」

「それで合っておるよ。クラーケンは、いわば副産物だわい。火を燃やせば、二酸化炭素が生じるようなものだ。逆に言えば、IBの根本的な秘密に触れるひとつの鍵が、クラーケンに隠されておるのだろうて。金儲けばかりが、連中の目的ではないよ」

「目的、か……」

 そうつぶやいた口の中に、厭な味が広がる気がした。トリベノに訊くまでもなく、自身の中である程度の答えは出ていた。それは「人食い私道事件」にも繋がる答えだ。あの多脚ワームの化け物に刻印されていた、逆さAの紋章と。

 おれはけれど、その答えを意識に上らせたくなかった。はっきり意識したとたん、正気を失いそうな気がした。ゴンドラはゆっくりと、けれど確実に上昇してゆく。そこに待ち受けている者が、ただの金に目が眩んだ麻薬屋でないことは、いやになるほどわかりきっていた。

 やはりゴンドラの外で待ち受けている運命のカードは、「死」なのかもしれない。大鎌を持った骸骨。刈りとられる無数の首。妻が所有していたカードには、たしかそんな恐ろしい絵が描かれていた……と、アリーシャの指が、おれの手の甲に触れるのがわかった。

「死は、決して恐ろしいカードではありません。物事の終わりは、もうひとつの物事の始まり。それは再生を意味します」

 ゼロ階に着いた。ゼロに賭けろと言った昔の文豪は誰だっけか。

 ドアが開くまでに少し間があった。マキがナイフを抜くのを感じながら、おれはホルスターから銃を浮かせた。

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