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「あなたにはもう、必要のないものです。こんなものを被り続けたところで、あなたがつらいだけではありませんか」
アリーシャの静かな声が、沈黙に呑まれた。どうすることもできないまま、おれは呆然と立っていた。トリベノを見れば、散乱した書類の中、机に腰かけて、あらぬ方を向いていた。マキは顔を覆ったままだ。
もし衣服を裂かれたのなら、上着をかけてあげられるのだが、仮面の代わりなど持ち合わせていない。しかもトリベノみたいに顔をそむける機会さえ、逸してしまった。
「『幽霊船』の中にはね、名医が多いのよ」
くぐもった声。依然として顔を両手で隠し、どうやらおれに話しかけているらしい。
「ああ、聞いた覚えがあるよ。ロストテクノロジーの一部が解明されたとか何とか、たまに新聞に載っているが、待てど暮らせど実用化されたためしがない。ところがここには、禁断の医療を駆使する凄腕たちが多くいて、密かに船外から訪ねて来る、悩める者たちを診ているとか」
「そんなところね。父が顔が広かったおかげで、わたしもそういった医師たちを何人か知っている。頭部さえ残っていれば体を再生させられると、豪語する医師もいる。そんなかれらでさえ、わたしを診たときは匙を投げたのよ」
「……」
「もちろん、色素を注入するなどして、一時的にはごまかせはしたでしょう。でもすぐに元に戻ってしまうのは、明らかだった。かれらは口を揃えてこう言うのよ。こればかりは、どうにもならない。科学的にまったく原因のわからない。一種の呪いのようなものだって……」
「呪い?」
掌の下で、マキは自嘲的に微笑んだようだ。
「ええ。科学技術の権化みたいな人たちが、そんな言葉を口にするのだから、滑稽なんだけど。でもわたしにとっては、あまりにもリアルな一言だった」
顔を覆ったまま、彼女は立ち上がった。おれに背を向けると、金色に染めた髪の結び目を解き、ふっさりと、両手で背中にさばいた。
「エイジ、見て」
彼女はこちらを向いた。髪が揺れて広がり、また肩の上に流れ落ちるまで、おれは息をつめて見まもっていた。
七年前の、あどけない少女の顔が、たちまち重ね合わされた。現在の彼女は、もちろんぐっと大人びて、目つきは凛としている。間違いなく、イイ女の部類に入るだろう。その顔に傷らしい傷はまったく見当たらなかったが、何を見ても顔色を変えまいと決めていたおれを驚愕させたのは、その瞳の色だった。
アリーシャと同じだった。マキの瞳の色は、ほとんど銀色に近い白なのだ。
七年前は、濃い栗色だった。ハシバミの実のような艶があり、好奇心たっぷりに、くるくるとよく動いた。それが今では、幻の湖水のように冷たく、瞑想的なまでに静まっていた。そう、アマリリスが組んでいたジグソーパズルの湖水のように。
「きっとわたしは、わたし自身が許せなかったんだと思う。両親を助けてあげられなかった自分が。あるいは、両親とともに逝けなかったわたしが。気が狂う寸前まで、さんざん自分を責めて責めて責め続けたあと、瞳の色が変わったときは、だからむしろ納得できたの。わたしの本当の敵は、わたしなんだって」
おれは相変わらず、ばかみたいに突っ立っていた。マキは身をかがめ、割れた仮面の片方を拾い上げた。
「これを被るようになったのは、瞳の色を隠すためじゃない。わたしが敵だということを思い知るためよ。何をしても、どんなに犯人を追及しても、両親は戻らない。過ぎ去った時は、取り返しがつかない。わたしが本当に許せなかったのは、きっとそのことなの。ね、アリーシャ」
「はい」
「あなたも、元から白い瞳をしていたわけじゃないでしょう。どうして色が変わったの? 何かきっかけがあったの? イーズラックとは、いったい何なの?」
床に落ちる仮面の音が響いた。マキの瞳から、涙がこぼれ落ちるのを見た。あまり多く泣きすぎたため、瞳から色素が抜けてしまったのではないか。彼女にとって仮面を被ることは、涙との決別をも意味したのではないか。なすすべもない男は、ぼんやりとそう考えた。
アリーシャは、かすかに首をふった。
「わたしにもわかりません。それを呪いと呼ぶのなら、わたしもまた、イーズラックの呪いにかけられているのでしょう。運命という名の呪いを背負ったまま、わたしは生きてゆくのでしょう。でもマキさん。もしあなたが、あなた自身を責め続けるのだとしたら」
「なに?」
「それは間違っています」