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52(2)

 汗がこめかみを這いおりた。ゴンドラに乗っているのは何者か、それが疑問だった。

 感覚的に、B13階といえば、幽霊船の最下層。退化猿人どもがうろつく、どん底を連想させた。あそこから、何者かが乗り込んだのか。あるいは、おれが住む雇用促進住宅の幽霊エレベーターのように、機械がいかれちまっているのか。

 あるいはまた、例の薄化粧の少年が乗っているとか。

 パネルの点滅はB9へと移動した。ごとん、と音がして、いやにゆっくりと、扉が開いた。

 少年ではなかった。髪の長い女だ。異国の民族衣装をおもわせる黒い服は、ゆったりとしていながら、しなやかな体の線を隠さない。褐色に近い肌。瞳の色は、青みがかった銀色だ。

(わたしが、あなたの未来を変えてさしあげます)

 おれは構えていた銃を、呆然と下ろした。ゆるやかに踊るような足どりで、女は……アリーシャはゴンドラから歩み出た。きめ細かな髪が揺れ、薔薇の薫香がただよった。

「イーズラック!」

 憎悪に満ちた叫び声とともに、飛びかかるマキを留める暇はなかった。彼女の両手にはすでにダガーが握られ、銀色のヤイバが閃光と化して空気を切り裂いた。

 身を低くして、アリーシャはナイフをかわした。やはり踊るような動作だった。切断された髪の毛が舞う中、マキはヤイバをひるがえし、切っ先を下に打ち下ろした。ぎん、という剣戟の音。アリーシャは広げた腕の先で、ナイフを受け止めた。その指先には、一枚ずつカードが挟まれていた。

「マキ、やめろ! 彼女は船の外の人間だ」

 おれの声など耳に入らぬ様子で、マキは次々とナイフを繰り出した。仮面の隙間から、怒りに燃える瞳が覗けるようだった。アリーシャは身をひるがえし、攻撃を指先のカードで受け止めながら、後退りしてゆく。ナイフとカードが触れ合うときは、剣戟の音とともに、銀色の火花が散った。

 勢いよく打ち込まれた一撃に、アリーシャはよろめいた。見る間に劣勢になり、壁際まで追いつめられた。とどめをさすべく身構えたマキの両手で、くるくるとナイフが回る。黒猫が走り、宙を舞って主人の前に着地した。右手のカードを、アリーシャはかざした。

「よせ……アリーシャ!」

 おれが叫んだ時にはすでに、カードは赤い首輪の上を滑っていた。小動物の体から発せられたとは思えない、金属的な音。灼熱するように首輪が光を放ち、猫の目が輝いた。

 リビングデッド化した者を相手に行われた、いくつかの戦闘がフラッシュバックされた。最初の戦闘で、プルートゥは長大な剣と化し、不法ギルドの中毒者を一刀両断にした。親孝行横丁でコック服の中毒者を倒した時、猫はアリーシャの翼となり、聖杯と化した。そしてサイキックの兄弟との戦いにおいては、燃える獅子の姿をあらわした。

 ガトリング砲となって、あの退化猿人どもを粉砕したのは、ほんの数時間前のどきごとだ。

 いずれにせよ、変化したプルートゥの前では、敵はひとたまりもなく屠られている。しかもマキはリビングデッド化しているわけではない。多少ナイフを使う以外は、ただの生身の女性に過ぎない。瞬く間に殺されるのがオチではないか。が……

(消えた?)

 猫の姿は、すでにどこにもなかった。

 マキの右手からナイフが放たれた。それは壁際にたたずむアリーシャの胸の手前で、硬いものにぶつかるような音を立て、十字形の光を出現させるとともに、弾き飛ばされた。おれの足もとまで飛んできたナイフは、まっぷたつに折れていた。左手が投げたナイフも、同様の運命をたどった。

 エネルギー・シールドか?

 二つあらわれた十字形の光は、彼女の前で消えずに残っていた。マキは髪を揺らし、新たに二本のナイフを抜いて、今度は投げずに突進した。走りながら、手の中でくるりと回し、逆手に持ちかえて、ふりかざした。そのまま首の両側へ突きたてる勢いだったが、またしても音をたてて弾き返された。十字形の光が四つに増えていた。

 マキは反動で後退りし、かろうじて転倒に耐えた。そこへ片腕をまっすぐに伸ばしたアリーシャの指が突きつけられると、四つの十字形の光が回転しながら、マキの周りを乱舞した。すでに折れていた二つのナイフが跳ね飛ばされ、ぎりぎりと仮面が切り裂かれる音が響いた。

「あああああっ!」

 たまらずにマキは床に倒れた。アリーシャは腕をひるがえして、四つの十字形の光を後退させた。光は一つにまとまり、ひときわ強く輝いたかと思うと、いつの間にか一匹の黒猫の姿に戻っていた。

 マキは床に座り込んだ姿勢で、両手で顔を覆っていた。泣きじゃくるように、震える肩。かたわらには、真っ二つに割られた鉄仮面が転がっているのだった。

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