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 どうにか橋をわたりきると、鉄板で組まれた足場にたどり着いた。黄色と黒の縞模様のペンキが、剥げかかっていた。見上げると、バルブの中心から垂直に伸びた円柱は、天井のくぼみへ達し、勢いよく伸びた球根の芽のように、さらに上まで貫いていた。

 コードやパイプに隠れて見えづらいが、円柱にはステップがついている様子。よく見ると、バルブの表面にもそれは打ちこまれているけれど、追ってゆけばすぐにプールに潜る恰好となる。

「さすがに潜水服は用意してないぜ」

 たとえあったとしても、水棲ワームがうようよいる中に、潜る気になどなれない。トリベノはそっぽを向いて、口笛を吹き始めた。上を向いて歩こう。

「球根の芽を追うのか」

「登るしかあるまいて。聖歌隊の少年に歌ってほしければの」

「さっきの曲でも、リクエストする気かい」

 掌を返してみせる爺さんのうしろで、マキは無言のままたたずんでいた。疲れているのかもしれないが、ドームに入ってこのかた、めっきり口数が減ってしまった。カノウ氏を、さらには、彼女の幸福な家庭を破滅させた因縁の場所なのだから、無理もないけれど。冷たい仮面に隔てられ、マキの表情は読めない。

 円柱のステップにしがみつき、またしても上を目指す。

 天井のくぼみに達すると、極端に暗くなったが、周囲の壁がタービンのように螺旋を描いているのはわかる。金属製の黒い螺旋は、ゆるやかに回転している。もしもこれがトラップで、いきなり高速回転しながら輪を縮めれば、新鮮なミンチのご馳走に、水棲ワームどもは舌鼓を打つだろう。

 十メートル近く登っただろうか。

 行き止まりかと思えば、頭上を覆う鉄板に、人一人ぶんの隙間がある。縁起でもない仕掛けのことを、考えないでもなかったが、おれは強いて無造作に顔を突っ込み、体を持ち上げた。意外に大きな空間があり、鉄板の上に転がり出た。

 そこは、工場に無理やりこしらえた事務室、といった風情。リベットだらけの鉄板にかこまれた、二十スペースほどの密室である。

 天井と床を、剥き出しの鉄骨が何本も貫いている。木製の事務机や棚、ボール箱などが、乱雑に置かれている。

「みょうな所に出ちまったな……」

 天井からぶら下がる裸電球が一個。おそらくタングステンの本物ではなく、再生ダイオードのまがい物だろうが。何の飾り気もないブリキのシェードの下で、今にも息絶えそうな光を発していた。そのせいか、全体的にイビツに見える部屋の光景は、ピカソの暗い『ゲルニカ』をおもわせた。

「あれは、エレベーターじゃないかしら」

 マキが指さして言う。

 奥の壁に、なるほどスライド式のドアがあり、数字のついたパネルが、上方に嵌めこまれている。何百年も昔から、この装置ばかりは代わり映えがしない。よもや生きているとは思えないが、かといって、ほかに出口らしい出口は見当たらない。場合によってはドアをこじ開け、ワイヤーをよじ登る羽目になるかもしれない。

 ドアに近づき、パネルを眺める。数字はゼロが最上階らしく、B1、B2と下降し、B13まで続いている。ここはB9階であるらしく、B13の文字に光が入っている。パネルが正常に機能しているならば、ゴンドラは最下階で止まっているとおぼしい。故障して落ちていると考えるのが、自然かもしれない。

 トリベノは何を思ったか、事務机の引き出しを、手当たりしだい掻き回している。落ちた書類を一枚拾い上げてみたが、ありふれた伝票だった。戦争でネットワークがずたずたに分断され、その後も内戦続きのため、仮想ストレージの信用は失墜したまま。どこの事務所も、こういった粗悪な合成紙に埋もれている現状である。

「エイジ……!」

 いかにも只事でない、マキの声に振り返った。反射的にパイソンを抜きかけたまま、けれどおれは動きを止めて、パネルの上を凝視した。

 たしかにさっきまでは、B13の部分がともっているだけだった。その光が点滅を始め、間もなくB12に移動した。しかもB9には光が入っているのだ。

 点滅は、B11へ移った。耳に意識を集中すると、のろのろと這い上がってくる、ゴンドラの音が聞こえてくるようだ。

 B10が点滅し始めた。

 おれはゆっくりと、銃口を扉に向けた。

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