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 蜘蛛の巣の街、という歌があった。

 おれが敬愛する、ジギー・バンデル・ルーデンの名曲である。もちろん詞も、かれ自身の手になる。が、まあ、かれが書く、たいていの詞は意味がわからないし、その曲も例に洩れず、歌詞だけ追えば、何がなんだかわからない。

 火星には蜘蛛の巣の街があり、現在は廃墟と化して、赤い土に埋もれている。一人の歌手が街にたたずみ、ぼろぼろのギターをつま弾きながら、独りで歌い続けている。風化した骨や、凍りついた機械たちだけが、もの言わぬ聴衆である。

 地球には「核の冬」がおとずれて、大半の人類が死滅した後である。厚いスモッグで大気は歪み、昼間でも太陽はあらわれず、ただ火星の赤い光だけが、異様に輝いて見える。

 汚れた街角。殺人ロボットのスクラップの上で、ぼろを纏った一人の少年が、じっと耳を傾けている。かれにだけは、蜘蛛の巣の街で歌う、男の歌声が聞こえるのだ…・といった内容で、やっぱり意味がわからないが、この歌詞をジギーがアコースティックギター一本で、切々と歌うのを聞けば、込み上げてくる悲哀を抑えることができない。

 おれはこのバラードを何千回も再生し、何千回涙を流したか知れない。今もメロディを思い出すだけで、泣きそうになる。

「おまえさんが感傷にひたるのは、勝手だがの」

 見れば、トリベノが皮肉らしくヒゲをひねっていた。それから、中心にそびえる赤銅色のドームに向かって、街路をに指を突きつけた。

「あれを見れば、もう後には引けんことが、わかるだろうて」

 点々と続く真紅の光沢が目に入った。例のポスターは、明らかにドームへ向かって続いているとおぼしい。

 わかっているのだ。急におとずれた感傷も、煮え切らないおれの心が、逃げ場を求めている証拠に過ぎない。おれは先へ進むのが怖いのだ。夕映えのような過去の感傷に、逃げこみたかっただけなのだ。取り返しのつかない破局を恐れて……

 コツン、と足首に硬いものがぶつかり、見ればプルートゥが、目を細めて見上げていた。おれは口の端を歪めて笑い、歩を進めた。追いつきながら、マキが言う。

「ね、エイジ。思い出したんだけど、本の挿絵で見た覚えがあるのよ」

 ポスターを貼って回っている美少年の服装に、見覚えがあるという。

 おれも、どこか引っかかるものを感じていたが、彼女に指摘されて、ようやく気づいた。白シャツに、ぶかぶかの吊りズボン。逆さAの紋章が入った赤い腕章。そのうえ薄化粧をほどこしたところも含めて、ツァラトゥストラ教の聖歌隊の制服に違いなさそうだ。

「……って、ことは。いや、そんなはずは……」

「ジークムント旅団かの」

 言下に指摘され、おれは覚えず唸った。ツァラトゥストラ教の過激派、ジークムント旅団は、少年兵を用いることで有名である。

 かれらは、産まれ落ちるとすぐ組織に引き取られ、ひたすら兵士としての教育を受ける。かれらは戦場でも聖歌隊の服装に身をつつみ、ヘルメットその他の防具をつけない。死をまったく恐れず、撃たれても撃たれても、恍惚とした表情で前進する。少年たちには、特殊な麻薬が用いられているのだと噂された。

(麻薬が……まさか?)

 目を見張った。

 少年がこれ見よがしに貼りつけるポスターが、逆さAの紋章であること。明らかな生活の痕跡だけを残して、街から人が消えていること。それらを思い合わせれば、ツァラトゥストラ教の過激派あたりに急襲されたものと考えるのが、妥当かと思われた。が、果たしてそうだろうか。

「クラーケンは、ここで合成されていた」

 おれはつぶやいた。爺さんが鼻を鳴らすのを背中で聞いた。

「はん。やっと気づいたようだの、お若いの」

「しかも、麻薬の製造にたずさわっていたのは、イーズラック人じゃない。おそらくは、ジークムント旅団だ」

 まるで応答するように、足もとで猫が鳴いた。そうだ。ここでイズラウンの禁断の技術が用いられた。人類刷新会議の拘置所を、哀れなサイキックの双子に襲わせたのも、この街の住人であった、かれら、ジークムント旅団に違いない。しかしそうすると、必然的に、さらに大きな疑問にぶつかることになる。すなわち、

 かれらをこの街から追ったのは、いったい何者か?

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