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 あまり見たくはなかったが、その店の飾り窓を覗かずにはいられなかった。

 意外にありふれた眺めで、いかにも宝物然としたピカピカの楽器に囲まれて、店員が背の高い痩せた男に三重ネックのエレキギターを売り込んでいた。客は外国人のようだ。うなずいてギターを受け取り、ストラップを肩にかけると、何気ない調子で試し弾きを始めた。左手の指が見えないほどの超絶テク。

 ガラスに鼻をこすりつけんばかり、目を凝らした。見違えようがない。その外人は、おれが涎を垂らして新作を待ちわびているメタルスター、ジギー・バンデル・ルーデンではないか。あり得ない。あり得ないと呪文のようにつぶやきながら顔をそむけた。トリベノのイヤミな笑い顔がそこにあった。

「何が見えたかわからんが、お若いの。よほどそいつのファンなんだな」

「冗談じゃない。ここの立体映像は、見る者の精神をハッキングして作り出されるのか」

「潜在的無意識を実体化させてしまう、スローミュータントと比べたら可愛いものだろう。まあやつらのような化け物があらわれたのも、戦争の遺物に引き寄せられてのことだろうが」

 もう一度窓の中を横目で覗いた。店内はひどく暗くなっており、ジギーも店員も、跡かたもなく消失していた。代わりにそこに立っていたのは、ポスターの束を小脇にかかえた、吊りズボンの美少年だった。おれは溜め息をついた。

「あいつもおれの夢なのかい。それとも、チェスの王様の夢なのかい?」

 童話の女の子のセリフをもじって、似合わないジョークを吐いても、トリベノは笑わなかった。少年の整った顔に、表情らしいものは何も浮かんでいなかった。プラチナの眼差しで、じっと窓の外を見つめていた。自身が凝視されているようでもあり、どこも見ていないようでもある。かれの赤い唇が、花のようにほころんだ。

(挑発してやがる?)

 無言で銃を抜き、真っ直ぐ腕を伸ばした。ガラスの向こうで、少年は平然と突っ立ったまま、愛玩動物のように小首をかしげた。ハンマーを起こし、トリガーを引いた。すべてのガラスが、なだれをうって崩れた。

 店の中は、まっ黒い箱のようで、天井から垂れ下がる複数の映写機が、突然夢を覚まされてうろたえるのか、きょろきょろとレンズをさまよわせていた。

「映像じゃなかった……?」

 マキがつぶやき、おれもうなずいた。奥の壁には、真新しい一枚のポスターが貼りつけられていた。

 真紅の地に、まっ黒い逆さAの紋章。べっとりと刷られたインクのにおいが鼻をつく。壁と同じ色だからわかりにくいが、ポスターが貼られている周囲には長方形の切れ目があり、ドアであることが知れた。M36ではガラスを壊すのがやっとなので、少年は傷ひとつ負わず、ここから逃げたに違いない。

 ドアは難なく開いた。いかにも舞台裏という感じの路地に出た。両側にせまる壁は黒ずみ、錆びつき、無数のパイプが露出していた。その上にまた一枚。先へ目をやると、さらに一枚、もう一枚と、真紅のポスターが列を成していた。まるでおれたちをいざなうかのように。

 トリベノはぼろぼろの絵地図を広げ、ゴーグル眼鏡の上で眉根を寄せた。うーんと唸っている、かれが次に何を言い出すか、聞く前からわかる気がした。

「あやつ、ご丁寧にも、我々をバルブの存在する地点まで、案内しているようだわい」

 もともとそこへ向かっていたのだから、追いかけることに異存はない。美少年はお世辞にも友好的とは言えないが。けっきょくのところ、物事はなるようにしかならない。おれはミッションを遂行するために。マキは両親の死の原因を突き止めるために。トリベノが何を目的としているのかわからないが、ほかに選択肢がないことだけは確かだ。

 路地を抜けると、視界が開けた。そこには立体映像ではない、本物の街が広がっていた。店頭には商品があふれ、実際に手で触れることができる。路地を覗けば、洗濯物が所せましと干してある。人っ子一人いないことを除けば、どこの都市地区にもありふれた街並である。

 いや、奇妙な点はそればかりではない。さっきの「商店街」と同様、ここの建物も全て二階建てで、上階に窓がなく、太いパイプで隣家と繋がれているのも同じだった。もしも俯瞰すれば、蜘蛛の巣状に繋がっている様子が見られるのではないか。

 フカンすれば?

 見上げると天井ははるかに高く、湾曲しており、まるでばかでかいカプセルに封じこまれているような印象を与えた。ゆえに天井にはばまれることなく、街の中心にそびえ立つ建造物の存在を許していた。赤銅色の巨大なドーム。それは否が応でも、ツァラトゥストラ教の礼拝堂を連想させた。爺さんがつぶやいた。

「あそこが蜘蛛の巣の中心というわけだな。さてさて、中にはどんな蜘蛛が住んでおるのやら」

 かれもまた、この街を蜘蛛の巣に例えていたようだ。

 街路には相変わらず人影がない。ほとんどの商店が開いており、ぐつぐつとスープが茹だっている店先もあるというのに、住人ばかりが、まるで伝説の中性子爆弾を用いたように、奇麗さっぱり消えているのだ。何者かに襲撃された形跡など、まったく見られないままに。

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