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 鉄の通路を行く。生き残っている非常灯や、露出した機械からスパークする火花などで、そこそこの明かりはある。

 マキとトリベノは、時おり立ち止まっては、絵地図を広げて、何事か囁きあう。少し遅れて行くおれは、M36を片手に、いかにもワームが潜んでいそうな隅々に目を光らせている。

 洞窟をおもわせる、こういう場所で最も注意しなければならないのは、吸血ワームNB309、アオゴウヤだ。ぶよぶよとしたゼリー状のヒョウタン型で、天井から何十匹も垂れ下がっては身体に貼りつき、服の中に潜りこまれたら最後。浸透圧を変化させて皮膚に癒着し、あくまで血を食らう。

 じっとりと湿度が高く、少し歩くだけで汗ばむほど。微妙な明るさといい、いかにもやつらが好みそうな環境であるが、実際は、第五、六種の、取るに足らないワームがコンクリートに齧りついているばかり。おれは首をかしげた。

「まるでAL-3を使ったみたいだな」

「えっ」

 マキが振り向いた。重たげな仮面をかぶっているわりに、彼女はじつに耳ざとい。さすがに暑いのか、上着を腰に巻いており、薄手のシャツが描く体のラインがなまめかしい。

 アル・スリーとは強力な殺虫剤で、大量の白煙を吹き上げて広範囲のワームを殲滅する。ひところ盛んに閉鎖ブロックに投げ込まれていたが、隣接する居住区で深刻な集団中毒を招いたため、とっくに御禁制になっている。もっとも、闇市には出回っているし、モグリの同業者は遠慮なく使っているが。

「とても閉鎖ブロックとは思えないってことさ。かれこれ一時間近く歩いているが、まだ一発もぶっ放していないんだぜ。むしろ下手な居住区より住みやすそうじゃないか」

 言いながらトリベノに目を据えていたが、ちょっと口の端を歪めただけで、知らん顔して歩き始めた。

 爺さんは頭陀袋とは別に、博物館行きの無線機のようなものを背負っていた。モグラの運転席の底から大汗をかいて取り外したもので、いったいこんなガラクタが何の役にたつのか、さっぱりわからない。というより、あれほど愛着をもって接していたモグラを、かれがあっさりと乗り捨てたのが驚きだった。

 トリベノの背中で、得体の知れない機械は、しきりに計器の針を蠢かせ、無数のランプを明滅させていた。そのさまは人工臓器を連想させ、またモグラが発していたと同様の「視線」が感じられるのだった。おれは何度も機械に目をやっては、また逸らすことを繰り返した。

 プルートゥはおれと並んで歩いていた。ピンと尻尾を立て、バレリーナのように無駄のない足どりで。

 やがて通路の先に光があらわれた。やはり人工的な明かりに違いないが、地底よりもかなり強い。そこから、カタッ、カタッ、と一定の間隔で響く機械の音は、プリミティブな太鼓をおもわせた。人食い族が打ち鳴らす太鼓を。

 トンネルの向こうは「街」だった。

 街には音楽が流れていた。

 低く、単調な旋律で、機械の太鼓と奇妙なセッションを奏でる、ワルツの三拍子。それはルナパークや博覧会のBGMをおもわせて、そういえば、この風変わりな光景もまた、街というより古風な博覧会のテーマパークに似ているかもしれない。

 街のたたずまいは、写真でしか知らない、第二次百年戦争前の商店街に似ているかもしれない。狭い通りの両脇に二階家が並び、それぞれの看板と飾り窓で、道行く者の気を惹こうとしていた。どの店にも、入り口が存在しないことを除けば。

(入り口がない?)

 今さらのように驚いて、一軒の帽子店の前で足を止めた。ショウウインドウ越しに、灯りをともした店の中を覗いた。婦人用、紳士用、子供用、と、およそ人間の想像力が及ぶ限りの、様々な形をした帽子に囲まれて、値札のついたシルクハットを被った男が一人、飾り窓の外へ向かって、しきりにお辞儀をしていた。

「人形だよ」

「えっ」

「ここに並んでおるのは『店』ではないよ。実体のない広告なんだな。中身はそっくり立体映像さ」

 喋っているのは、シルクハットの男ではなかった。ヒゲをひねっているトリベノを、目をしばたたかせて眺めた。ワームの巣窟だとばかり思っていたところ、あまりにもかけ離れた光景に幻惑されて、瞬時、かれらと歩いていたことさえ忘れかけていた。

 隣の「店」はペットショップだった。ショウウインドウはお伽の国の子供部屋のように飾りたてられ、服を着た三匹の仔犬が閉じ籠められていた。犬たちは最初、お互いにじゃれあっていたが、おれの姿をみとめると、ころころと尻尾を振りながらガラスに近寄り、鼻の頭をくっつけたり、立ち上がって前脚で引っ掻いたりした。

 店の奥には無数の檻が並び、様々な毛の色をした小動物たちが入れられていた。白衣の女が一人、毛の塊のような仔犬にブラシをかけながら、時々こちらへ顔を向けては、魅力的な微笑を振りまいていた。

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