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漆黒の塔を登りきったところ、クリムゾンキングの顔の中は、要塞時代の動力室の一部であったようだ。
「当然、閉鎖ブロックなんだろうね」
「しかも、開かずの間と言われている場所よ」
「聞いたことがあるな。どこからも入り込めないブロックが、船の中には何箇所かあると」
尻もちをついたまま、辺りを見わたした。十三、四メートル四方の部屋の壁には、機械やパイプ類がぎっしりと詰めこまれている。ぶぅうーーんという重低音と微震なら、相変わらず続いているが、さっきまでの狂気じみた喧騒と比べれば、小川のせせらぎのように心地よい。
壁の計器類などから光が洩れて、夕暮れ時程度の明るさはある。モグラの爪にもたれたまま、マキが無言で水筒を差し出した。咽を鳴らして飲み終えたとき、やっと生きた心地がした。ほぼ間違いなく、ここはワームの巣窟だろうが、あいつらと比べれば可愛いものだとさえ思う。袖で口もとをぬぐうおれを、猫がじっと見上げていた。
「咽が渇いたのか」
「ミャア」
掌に水をためて、鼻先に差し出した。かれは目を細め、赤い舌を出して水を舐めた。まるで灼熱する鉄を浸したように、じゅっと音をたてて、蒸気が上がった。
「熱っ!」
覚えず手を引くと、水がこぼれた。すっかり湯と化した水たまりと、おれの顔を交互に見比べ、猫は不思議そうに首をかしげた。爺さんの笑い声が降ってきた。見上げると、運転席に半ば潜りこんだ姿勢のまま、トリベノはアクロバットな体勢でこちらを見下ろし、しきりにヒゲを揺すっていた。
「わっはっは。やはり規格外では多少、無理があったようだわい。よく持ちこたえてくれたよ」
舌打ちをひとつ返して、猫の背に、そっと指を這わせてみた。たちまち静電気が弾けたような音をたてて、緑色の火花が散ったが、指は少しも痛まなかった。かれはくすぐったそうに、ミャアと鳴いた。
トリベノは再びシートの先に顔を突っ込んで、かちゃかちゃと工具を鳴らしている。おれは尋ねた。
「あんなものを、いつの間にこしらえたんだ」
「理論的なベースなら、ずっと前から頭の中にでき上がっていたからのう。あとは『現物』を見ながら、ちょいちょいと修正するだけでよかった。もっとも、ぶっつけ本番で使うことになるとは思いもよらなかったがのう」
また脳天気な笑い声が響き、おれは苦虫を噛みつぶした。トリベノは続けた。
「もちろん、システムを一から築くとなれば、気の遠くなるような時間と費用を要するだろう。ワガハイが一生をかけても、果たして完成したものかどうか心もとない。しかし今回は、システムの九十八パーセントは目の前にぶら下がっておったわけで。ワガハイの仕事は鍵を偽造するだけだったからのう。ハッキングならお手のものだよ」
猫がもの欲しげな顔で、おれを見上げていた。念のために今度は水筒のキャップに水を移した。けれど、赤い舌が触れても湯気はたたず、軽く音を鳴らして猫は水を舐めた。それから、前脚を揃えて背伸びをすると、緑の眼が電気的に明滅し、背中で火花がぱちぱちと弾けた。
トリベノの言うとおり、プルートゥの体に、かなり負担がかかったことを物語るようだった。
「お若いの、これを使え!」
爺さんのかん高い声に射られたように、おれは何割かの正気を取り戻した。
振り返ると、ボンネット上にへばりついたまま、かれはちょうど何かを投げつけたところ。くるくると回転しながら飛んできたそれを、面前でかろうじてキャッチした。見れば、携帯用の辞書くらいの鉄の箱で、一面だけ電子回路が露出し、複雑怪奇な模様を描いていた。
いったい何のつもりか、尋ねる前に、トリベノが叫んでいた。
「若い頃はカード遊びに熱中したものでな。まだまだ指さばきも衰えちゃおらんが、いかんせん技術が足りなかった。そいつをペラッペラに薄くするには、この先何十年かかるか知れたものではないわい」
「カードって、おい。まさか爺さん。これは……」
「その、まさかさ」