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48(3)

「爺さん、あんた……」

「減らず口を叩いている暇があったら、援護射撃くらいしてほしいものだわい」

 言われて目を凝らすと、頭上の闇の中に浮かぶ、いくつもの赤い光点に気づいた。火の粉にしてはじっと動かない。かといって、星が見えるわけがない。もとから、あの辺りだけべったりと闇に包まれているのが不思議だったが、まがまがしい光点を見て、たちまち疑問は氷解した。

「冗談じゃない。退化猿人の巣を突破する気か?」

「ほかにルートがないからのう。それに今は昼だ。サルどものパワーも半分くらい衰えておる」

 半分もあれば腹いっぱいである。気休めにもならない気休めを聞き流しつつ、荷台を盾に、パイソンを抜いた。

 トリベノやマキと違い、生活力に乏しいおれは、掃討車に襲われたとき、まんまと頭陀袋を置き忘れたが、銃弾だけは肌身離さず身につけていた。タマがなければ、ガンスリンガーはゴクツブシの抜け殻より役に立たない。

 モグラはじつにのんびりした速度で、地獄の生き物たちの巣窟へ近づいて行く。聞き覚えのある、悪意に満ち満ちた含み笑いが降ってくる。まったく、昨夜は奇跡的にこいつらの襲撃を避けられたというのに、ホッとしたのも束の間、みずから災厄の中へ飛び込んで行くなんて……

 フォックス教といっても様々な流派があるらしいが、顔見知りの巫女の婆さんが言うには、災厄は繰り返すものだとか。例えば多脚ワームに襲われて、命からがら助かった者は、もう一度、同じワームとばったり出くわす可能性が高いのだとか。カルマ、とかなんとか婆さんは呼んでいたが、そいつは片方の燃える車輪のようなものであるらしい。

 繰り返し繰り返し、巡ってくる性質があるらしい。

(うんざりだぜ)

 闇はモグラの悠長さにしびれを切らしたのか、それ自体が巨大な漆黒の軟体動物と化したように、円筒形の壁をぬらぬらと這い降りてきた。その言語道断なおぞましさ。今すぐぶっ放したい気持ちを懸命におさえつつ、わざとゆっくりとハンマーを起こした。カチリという音を聞いて、いくらか落ち着く思いがした。

「マキはなるべく伏せていろ。もしおれの体に直接食いつくやつがいたら、そいつだけ斬ってくれればいい。あと、プルートゥを……」

 しっかり抱いていてくれ。そう言おうとした矢先に、敏捷な黒猫はひょいと彼女の腕をすり抜け、荷物の上に上半身を乗り出しているおれの隣に、トンとしがみついた。足の裏に磁石でもついているのかと疑うほど、平然と立っているのだ。

 ミャア、と呑気な声で鳴く。猫にだけ聞こえるよう、おれは囁いた。

「おまえがどんな超兵器でも、ご主人様がいなけりゃただの猫だろう。ネズミじゃないんだから、退化猿人なんか食ったって、きっと不味いだけだぞ」

 それとも、イーズラックの占い師、アリーシャは近くまで来ているのだろうか。これまでもそうだったように。プルートゥは彼女の影のように行動しているのだろうか。

(わたしが、あなたの未来を変えてさしあげます)

 彼女の面影を、目をしばたたかせて払いのけた。今はなるべく、余計なことは考えないほうがいい。頭の中のビジョンを、夢を食う、退化猿人につけ込まれてはかなわない。プルートゥには好きにさせておくとして、フロントサイトの向こうへ視線をこらした。粘液質の闇が、無数の凶星を浮べたまま、覆いかぶさるようにせまっていた。

 全身汗みずくになり、しかも体は芯まで冷えきっていた。それでもトリガーに指を添えたまま、じっと待った。

 闇に完全に呑まれるのを見極めて、おれはすかさずぶっ放した。

 そのまま息もつかせず撃って撃って撃ちまくり、弾がなくなると、ほっかほっかのシリンダーをスライドさせると、薬莢を落とし、銃ごとマキに手わたした。彼女がパイソンに弾を込める間、M36が火を吹いていたことは言うまでもない。

 轟音と叫喚。化石油の闇の中、飛び散る血の色ばかりが、いやに鮮やかに映えた。地獄にほかならない光景に溺れそうになりながら、火薬のにおいを気つけ薬代わりに、手わたされたパイソンのグリップにしがみついた。

 それは血ではなかった。

 闇の奥で揺らめくのは、血の色をしているが、凝り固まった炎のようだった。

 撃つことも忘れて、魅されたように炎を凝視した。めらめらと揺らめきながら、真の闇を背景に、炎はひとつの生き物じみた形へと変化した。茸をおもわせる、ずんぐりとした胴体のわりに、いやにひょろ長い手足が生えている。首がない代わりに、腹がぱっくりと裂けて、櫛の歯のような数限りない牙があらわれた。焔はタテガミと化してぞわぞわと揺れた。

 そうして化け物の胴といわず肘といわず爪先といわず、無数の、きろきろと蠢く「眼」が埋め込まれているのだった。

 自身が絶叫していることにさえ気づかなかった。

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