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「何だあれは」

 なにしろ歩いたほうがましな速度で走っているうえ、雨に煙っているため実体がつかみ難い。強いて例えるならば、気の触れた芸術家が溶鉱炉をお伽話のお城に仕立てたような建造物、とでもいおうか。もし純粋にマテリアルな産物だとしたら、悪意が売りものの芸術家たちは、あまねく首をくくらねばなるまい。

「支柱でしょうね、おそらく」

 マキがつぶやいた。カノウ氏の書き残した地点、バルブの所在地まで行くために、まず「支柱」の内部を通って「船底」を脱出する計画なら聞いていた。が、

「ただの支柱にしては、ものすごく趣味が良すぎないか」

「様々な装置の複合体でもあるのでしょう。せっかく上部と連結しているんだから、ついでに多くの回路をバイパスさせることを、わたしだって考える」

 技師の娘らしい意見である。

 塔をめざして、もどかしい速度でモグラは接近した。とっくに機能が停止しているのかと思えば、内部からオレンジ色の灯りが、かすかに洩れているのがわかった。雨の中で、てらてらと光沢を帯びた鉄の肌。銃眼のような小窓から光がこぼれるさまは、鬼の棲む城にほかならない。副塔の円錐屋根に似た部分は、ゆっくりと回転していた。

 あっ、とマキが声を洩らした。彼女の視線を追って天井を見上げ、おれもまた唸った。塔の先端は「天井」に嵌めこまれた巨大な顔の口へ呑みこまれていたのだ。いにしえのロックバンド、キングクリムゾンの有名なジャケットのような顔に。

「まったく、いい趣味じゃないか。顔みたいに見えるのは偶然なんだろうが。ご丁寧に、ちょうど両目と口の部分が光ってやがる」

 もとからこのような意匠だったのではなく、破損と風化が生み出した光景なのだろうが。現実は、ますます悪夢と見分け難くなってくる。奇怪なアニミズムの世界へと退行してゆく。


 胃に響く、重低音と震動。

 中は意外にがらんどうで、オレンジ色の薄明かりに照らされたさまは、ツァラトゥストラ教の礼拝堂を、数十倍拡大したような印象。完全に吹き抜きになっているとおぼしい塔の先端は、けれど中途から闇に包まれて、覗くことができない。

 爺さんはモグラの荷台からガラクタをいくつか引きずり出すと、地面にあぐらをかいて、何やら組み立て始めた。ハンドキャノンに似ているが、ぽっかり穴が開いているだけで、弾丸を込める仕掛けと場所が見当たらない。首をかしげている間に、みょうにサマになる手つきでそいつを構えてみせた。

「風砲だよ」

 例の「人食い私道」で二葉が使った武器ではないか。ブラザースの話では、空気を撃ち出す装置としては、二葉が用いたサイズが限界だと言っていたが、爺さんのは優に三倍はある。さらにかれは、筒の先にアダプターのようなものを取り付け、そのままモグラのテールに潜りこんだ。顔に油をくっつけて出てきたとき、ようやく意図が読めた。

 テールのボタンを操作すると、ジャッキに似たアームが、ピンと持ち上がった。モグラが尻尾を立てた恰好である。その下にウインチがあり、トリベノはワイヤーを手で引き伸ばすと、先端の鉤を風砲のアダプターにセットした。

 ぼん、と腹に響く音がして、ウインチがガラガラと空転した。ワイヤーの尾を引きながら、フックははるか頭上の闇の中へ消え、鉄の壁に食い入る音をたてた。力を込めてワイヤーを引き、鉤が外れないことを確認すると、端にくわえた煙草ごと、爺さんは満足げな笑みを浮べた。

「ちょっと待て。まさかとは思うが……」

「そのまさかだよ」


 ウインチは、けれど安全帯に過ぎなかったようだ。鉄の円筒の内部を、モグラがクライミングする姿は、おれの想像をはるかに絶していた。

 トリベノは運転席の前部に後ろ向きに腰かけ、レバーを操っていた。当然、モグラもまたテールを前にした恰好。ジャッキ状のアームの先端を壁に突き立てつつ、ずり落ちないよう、六本の爪でしがみつきながら、垂直方向に登攀して行くのだ。最も生きた心地がしなかったのは、荷台にしがみついている、おれとマキであることは言うまでもない。

「おい爺さん、壁を這うモグラなんて聞いたことがないぞ。ヤモリか蛙にモデルチェンジしたほうがいいんじゃないか」

「ジュリエットをモグラやヤモリと一緒にするでない。汎用性は掃討車の比ではないわい」

 掃討車、という単語に胸を突かれた気がした。考えてみれば、おれたちがここへ「落ちて」くるきっかけを作ったのが、掃討車にほかならない。しかもそいつは、これまで見たことがないような「眼」を有していた。

 今のところ、モグラの武装は確認されていないが、トリベノの言うとおり、それなりの装備を加えれば、掃討車を軽く上まわる兵器ができあがるのではないか。刷新にとっても旧勢力にとっても、トリベノの技術は、どんな犠牲を払っても確保するに足るものではあるまいか。

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