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 モグラはゆっくりと走っていた。時速五キロも出ていないだろう。

 マキは荷物の上に座り、おれの肩の辺りで、足をぶらぶらさせている。トリベノは頭の後ろで指を組んで、呑気そうに煙草をふかしている。アクセルを踏んでいるのは確かだが、あとは手放し運転。たまに瓦礫を避けてカーブするとき、どうやっているのか、さっぱりわからない。

 そろそろ正午くらいだろうか。

 相変わらず、瓦礫の荒野が続いていた。永遠の黄昏をおもわせる、赤い光に照らされた世界は、文明の滅びた未知の惑星といったところか。

「おい爺さん、行くアテでもあるのかい」

 目の前で、傷だらけのヘルメットが横に振られた。今さらながら、おれは呆れた。

「アテもなく走っていたのか。あんたにだって、一応、仕事があるだろう」

「働くのは趣味じゃないんでね。よほど食うにこまらん限り、こうしてぶらぶらしておるよ。まあ、定住するよりは、常に動いていたほうが安全という面もある。そのことは、お前さんたちも夕べ思い知ったばかりだろうて」

「ね、トリベノさん。あなたは何を探しているの?」

 マキの声に反応したように、モグラが前進を止めた。どっ、どっ、と、しゃくり上げるようなエンジンの音。真っ黒な排ガスのにおいは、明らかにガソリンとは異なる。燃えるものなら何でも燃料にしてしまう、八幡ブラザースの車を連想させた。短くなった煙草を、トリベノは、ぷっと吹いて捨てた。

 前を向いたまま、かれが乾いた声でつぶやくまで、十二秒ほど要した。

「探しても仕方のないものを、だよ」

「わたしの父も探していたわ。というより、偶然、探し当ててしまったと言うべきかしら。決してそこにあってはならないものを」

 トリベノの肩が、痙攣的に震えるのがわかった。次に振り返り、肩越しに彼女を見上げたが、ぶ厚いレンズのせいで、目の表情は読み取れない。沈黙のあと、かれは溜め息をついた。

「飯にしよう。ワガハイの腹時計が、正午の時報を鳴らしておる」

 エンジンが切られ、震動が止まった。マキはけれど、それ以上追及しようとしなかった。

 車から降りると、細かい瓦礫が、防酸靴の下で、ぱりぱりと踏み潰された。周囲にはとくに障害物はなく、見晴らしがいい。昼飯を食うには比較的安全な場所といえるだろう。マキは持参したリュックの中から、缶詰をいくつか取り出した。トリベノが荷台にもぐりこみ、加熱器やら食器やらを引っ張り出してきた。

 おれはやることがないので、コンクリート塊にもたれて、『電気技術の歴史』を開いた。泥炭の燃えるにおいを嗅いでいるうちに、うとうとして本を取り落とした。

「少し眠ったら? 昨夜は一睡もしてないんでしょう」

 彼女の声には笑いが混じっていた。目から星を出している間に、一睡くらいはしたかもしれないが。苦笑しながら本を取り上げ、何気なく眺めて首をかしげた。乱丁本らしく、中ほどのページが白紙になっている。一枚めくると、そこも白紙。さらに一枚めくったところで、思わず咽の奥から唸り声が洩れた。

 急いで顔を上げると、二人は食事の準備に夢中で、こちらは見ていない様子。本に鼻をくっつけるようにして、もう一度目を落とした。両側の白いページには、同じものを描いたらしい、いくつかのスケッチが描きこまれていた。お世辞にも上手いとは言えず、急いで描いたような、簡単なスケッチだったものの、おれの心臓を瞬時に凍りつかせるには充分だった。

(こいつは……)

 中心に「眼」が嵌めこまれたタマネギ型の機械。根にあたる部分には、無数のケーブルが接続され、八方に分岐している。芽の部分は上部で水平にカットされているが、省略した表現なのか、それとも本来こうなっていたのか、わからない。

 とにかくこの簡単なスケッチの全体から醸されるおぞましさは、言い表しようがない。まるで狂気のビジョンを、そのまま描き写したようである。ひとつの巨大な「眼」をもつことから、オディロン・ルドンの悪夢的な版画を連想させるが、背徳的なまがまがしさは比べものにならない。

 震える指でページをめくった。これ以上見ていたくないという思いに駆られて。そこにも鉛筆で描いたらしい、略図がかき込まれていた。一種の立体的な地図というべきか。これこそカノウ氏が見た「ここにあってはならないもの」の位置を示した地図に違いあるまい。

 さらに一枚めくった。これまで文字は確認されなかったが、そこには一ページに一文字ずつ、二文字が見開きいっぱいに書きなぐられていた。

 球根!

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