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モンタムシはこたえた。
「簡単だよ。頭を吹き飛ばせばいい」
「しかし……」
「いいか、お若いの。お前さんは、弾が効かなかった場合のことを恐れておるようだが、プロのガンスリンガーにあるまじき妄想だわい。なるほど、例えばリビングデッド化した人間であれば、何発弾を撃ちこんでも倒れんだろう。が、人間と退化猿人とでは、ウエイトが桁外れだろうに」
絶句した。
トリベノの言うとおり、我ながらプロにあるまじき固定観念に囚われていた。いくらマキを盾にとられて取り乱していたとはいえ、これほどの判断ミスはかつてなかった。堰を切って押し寄せる根本的な疑惑に答えるように、トリベノは語を継いだ。
「つまりそれがやつの力の一部なのだよ。不安や恐怖心を経由して、人の心をハッキングするのさ。だから何も考えるな。そうして、目を狙うことだ」
これ以上、躊躇する暇を自身に与えないために、迷わず銃口を前に突き出し、引きがねをひいた。あやまたず、目を撃ち抜く手ごたえを感じた。予期したとおり、緑色の怪物はマキの胸の上から吹き飛ばされ、扉の上部の合板に叩きつけられた。断末魔の両棲類をおもわせる、不気味きわまりない悲鳴を張り上げながら。
悪夢から急に覚めた動作そのままに、マキがびくりと跳ね起きた。と、爺さんが意外な素早さで横っ飛びに跳んで、彼女の腕をつかみ、激しく揺さぶった。
「どうしたというの!?」
「退化猿人に侵入されたわい。なるべく扉から離れなされ」
もはや彼女は寝ぼけてはいかなかった。素早く状況を理解すると、爺さんとともにジュードーの受け身の要領で転がって、壁まで後退した。銃を構えたまま一歩進んで、おれは二人を背中にかばう恰好。見れば、化け物は逆さまに扉の上に張り付いたまま、血まみれの顔におぞましい笑みを浮べていた。
ククッ、ククッという痙攣的な笑い声が、蠢く咽から発せられた。
「くそっ。まだ、生きているのか」
うしろから、銀の光がまっすぐ飛んで、扉の上で、どすんと音をたてた。マキの投げたナイフで腹部を串刺しにされて、退化猿人は四肢をばたつかせ、また狂気じみた悲鳴を上げた。続けておれが残り四発を撃ちこむと、腐ったズクロアの実のように頭部が弾けた。長い腕がだらりと垂れ下がり、血をしたたらせながら、ぶらぶら揺れた。
最初、頭部をえぐられた跡から、内臓が垂れ下がってきたのかと思われた。けれど、腸のように見えた一本一本が、幼体ワームをおもわせて蠕動をはじめ、ナイフに絡みつくと、自身の体ごと、合板から引き抜こうともがき始めた。そのさまは、頭足類の蝕碗にほかならなかった。
蝕碗のうちの一本は先端が異様に膨れていた。やがて膿みただれたように裂けて、中から赤い眼球があらわれた。背中でマキの短い悲鳴を聞いた。
「何なの、こいつ」
「さて、こうなると厄介だわい」
もう一本投げつけようとした彼女を、トリベノが制するのが、気配でわかった。怪物の蝕碗は蠢き続けている。その動きは、壁の染みを凝視するうちに、生き物じみてくるさまと、どこか共通するようだ。こちらの頭は、はっきりしているつもりでも、幻覚を見ているような感じが抜けないのだ。
怪物は頭部を失いながら、またしても、ククッと笑い声を発した。まるで呼応するように、別の一角から、ケケッ、と鳴く声が聞こえた。
視線を移すと同時に、新たに弾を装填し終えたM36の銃口を向けた。天井に近い壁際に赤い目が二つ、不吉な星のように、陰々と並んでいた。次の瞬間、影のかたまりが飛翔した。太古に滅んだ大蛙のような声を張り上げて、ムササビかコウモリをおもわせる、手と足の間の皮膜を広げて。
意想外な行動であったため、トリガーをひくタイミングを逃した。二匹めの退化猿人は電灯に激突し、唯一の照明を叩き壊した。まずい! おれは爺さんとマキの体を引き寄せ、ともにぶっ倒れるように、床に伏せた。頭上すれすれを、おぞましい叫びとともに、カミソリのような翼が通過した。鋭い足の爪がマキの鉄仮面をかすめ、火花を散らした。
「痛いわね、こん畜……!」
彼女は絶句したようだ。見上げると、闇と化した室内の至る所に、赤い光点が浮いていた。背筋を冷たいものが何度も走った。少なく見積もっても三十匹はいるだろう。
「なあ爺さん、ここでおれたちが惨殺されたら、密室殺人の成立だな。死体を発見する者がいればの話だが」
「この期に及んで、笑えないパーティージョークだわい。ワガハイも気づかなんだが、どうやら最初からこの隠れ家は『汚染』されておったようだ。やつらにとっては、通り道も同然の」
「ゴタクはいいから、解決策があれば教えてくれ」