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  6


 自分が絶叫していることにさえ気づかなかった。

 目の前で、五発の弾が瞬く間に撃ち尽くされるのを、遠くのできごとのように眺めていた。

 少女は目を閉じたまま。その静かな寝顔に、かすかに哀しみの色がうつろった。

 まるでスローモーションの映像のように、少女の左手が突き出されるのを見た。プラグが次々と引きちぎられ、ほっそりとした左腕が、湖底に潜む未知の爬虫類のように、培養液から浮上した。腕輪が眩い光を発したかと思うと、手首から先が、五本の鋭い刃をそなえた、複雑でまがまがしい機械へと変化した。

 M36が撃ち出した五発の弾丸は、鋼の刃によってことごとく粉砕され、カプセルの外に飛び散っていた。

(胡桃割り人形)

 混乱を極めた脳裏に、脈絡のない単語が浮かんで消えた。おれは汗にまみれ、荒い息を吐きながら、それでも目を逸らせずにいた。再び腕輪が輝き、鋼の粉砕機の形状が崩れて、ふっくらと白くて柔らかな、五本の指に戻っていった。その手はまるで、おれに救いを求めているようだった。

 培養液の中から、少女は目を見開いて、じっとおれを見つめていた。

 再び絶叫がほとばしった。


 数秒間、今どこにいるのかわからず、闇の中で目をしばたたかせた。

 見慣れた蒼い薄闇。空気清浄機の低い震動……半身を起こすと毛布が床にすべり落ち、かわりに冷たい空気が身にまとわりついた。それでいて、寝汗をびっしょりとかいているのだ。

 カーテンは閉まっているが、常夜灯の蒼い光が入り込み、ものの形をおぼろげに浮かび上がらせた。まぎれもなく、おれの部屋だ。シャツとジーンズを着たまま、ソファの上で眠っていたらしい。胸ポケットを探ると、くしゃくしゃにつぶれた煙草の箱があらわれた。

 一本取り出し、火をつけず口にくわえた。硝煙のにおいを記憶から追い払うため、軽く頭をふった。


 少女の片腕がゆっくりと液の中に沈んだとき、薄い瞼もまた閉じられていた。それでもガラスのようにうつろで、小動物のように無心な鳶色の瞳の残像が、悔恨の中で胸をえぐった。

「気がすんだかね」

 おれの指から、M36が床にすべり落ちた。ごとり、という音が空虚なこだまを返した。

「いったい……なんだって……こんな」

「不用意に驚かせたことは、素直に謝ろう。IBの恐ろしさを知り尽くしているきみだ。ただし彼女は、きみが考えているような野生種の自己進化型とは、根本的な出自が異なる」

 ぼんやりと、相崎博士に目を向けた。かれの顔が白く滲んで見えたのは、おれが涙を流したせいだろう。恐ろしかったのだ。

「自己進化型ではない?」

「さよう。彼女の全身のうち、真にIBである部分は、きみも目にしたとおり、左手首から先だけだ。そこに野生種が一体、まるごと封じこまれておる。残りの部分は、いわばコピーされたIBと考えてよろしい」

 頭をめぐらして、粉砕された弾丸を目で数えた。破片のひとつは床に深々と突き刺ささり、あるものは計器のガラスをまっぷたつにしていた。博士は続けた。

「きみはさっき、合成ゲノムの名を口にしたが、ちょうどあれと似たやりかただよ。ただし、実験室で合成されたのは人間ではなく、IBの遺伝情報だがね」

「何のために?」

「もし政治的な思惑についての質問なら、わからないとしか答えようがない。吾輩は一介の科学者に過ぎないのだから。まあ製作者側の善意を前提に考えれば、対IB用の兵器として、これほど強力なものはあるまい」

「少女の姿に似せる意味がわからない」

「そのほうが汎用性は高くなるだろう。同じ能力をもつのなら、何も好き好んでグロテスクな形体をとる必要はない。むしろ外見は無力さを装ったほうが、様々な点で有利に運ぶ」

「汎用性、か。大立ち回りから暗殺まで、何でもこいというわけだ……それで、なぜこの子をおれに押し付ける気になった。八幡兄弟に入れ知恵したのも、あんたなんだろう?」


 ありがたいことに、ジーンズのポケットを探ると、ちゃんとライターが入っていた。煙草に火をつけても、炎は消さず、部屋の奥へ目をこらした。壁際のベッドが、ぼんやりと眺められた。その上で、毛布にくるまって横たわる、華奢な体の線も。

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