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43(3)

 爺さんの頭を撃ち抜くのは簡単だ。距離は近いし、障害物はない。しかしだからといって、今のところは、ぶっ放す理由もないのである。

 おれはパイソンをホルスターにおさめて、コンクリートの陰から姿をあらわした。モグラの赤い眼が、警戒を示すように、ちかちかと瞬いた。爺さんは運転席から身を乗り出して、ぶ厚い眼鏡の縁に手をかけ、こちらを凝視した。おれは片手を上げた。

「景気はどうだい」

「はん、退化猿人ではなさそうだな」

「猿人だと?」

 むっとした。なんでこんな地の底で、こんな老いぼれにまで、ピルトダウン人呼ばわりされなくてはならないのか。

「知らんのか。スローミュータントとも呼ばれる、赤い眼をした緑色のサルだよ。もっとも、本当にサルの一種なら、まだ可愛げがあったのだが」

 爺さんの金切り声はよく通る。怒鳴っているわけでもないのに、よどんだ空気をつんざくようだ。誰かに口調が似ている気がするが、誰なのか思い出せない。とりあえず、おれがサル呼ばわりされたわけではないらしく、またさしあたっては、爺さんに害意はないとおぼしい。

 おれはモグラに歩み寄り、その奇態なボディをあらためて眺めた。

 見れば見るほど、変てこなクルマだ。

 爪の後ろ、腕の付け根にあたるカバーの下には、太い車輪が仕込まれている。後輪の代わりにキャタピラがついている。運転席の後ろに積載スペースがあり、荷を覆うシートが膨らんでいる。テールに折りたたまれているのは、ジャッキをおもわせる一本のアームである。

 視線に気づいて目を向けると、ボンネットの上で、二つの赤い光がすぅーっと消えた。ちょうど視線を逸らすような具合に。

「いい車に乗ってるね」

「自信作だよ」

「あんたが作ったのか?」

 呆れ果てたリアクションを、感嘆していると解釈したのか。爺さんは運転席の上でふんぞり返り、まんざらでもなさそうにヒゲをひねった。

「ここは材料には事欠かない。都市のジャンク屋どもが涎を垂らしそうな宝の山さ。もっとも、退化猿人どもとご対面する気になれればの話だがね」

 爺さんが一帯に住みついているのは明らかだろう。モグラがネグラというわけだ。マキの口ぶりでは、頑丈な隠れ家に籠もるならともかく、身軽に野宿できる環境ではなさそうだったが。しかもワームのみならず、爺さんの言う退化猿人とやらが跋扈しているとすれば、なおさらのこと。

 そもそも、どうやって食い物を得ているのか。確かにレアなガラクタには事欠かないだろうが、雑草ひとつ見当たらない不毛の荒野だ。追い剥ぎでもしない限り、生きるスベはないのではないか。

(追い剥ぎ、ね)

 なるほど、とぼけた外見に騙されがちだが、その可能性はおおいにある。「幽霊船」は「わけあり」人間の集まりだとされているが、案外、内部での結束は固く、排他的である。外部から逃げこんできた「わけあり」人間は、よそ者とみなされ、たちまち居場所に窮してしまう。こんな地の果てまでも、落ちてくる者は案外多いかもしれないのだ。

 もはや後戻りはできない、かれらの行き着く先は、封鎖された壁の中か、もしくは、「地獄」しかない。いや他人事ではなく、ここに典型的な見本がいるではないか。

 となると、モグラには人の臭いを嗅ぎつける、ある種のセンサーがあるのかもしれない。偶然をよそおって獲物に近づき、とぼけたキャラクターで油断させ、寝込みを襲う……黙りこんでいるおれの頭上から、爺さんの声が降ってきた。

「はん、お前さんが考えていることくらい、だいたいわかるわい。お察しのとおり、お前さんの姿は、とっくにこの子の鼻が捕捉しておった」

 爺さんはモグラを「この子」と呼んだ。愛しそうに、灰色のボディを軽く叩いた。

「ただ奇妙なのは、お前さんの影が、まるで降ってわいたように、忽然とあらわれた点だよ。。サイキックの中には、ごく稀に、瞬間移動能力を持つ者がいるようだが、お前さんの顔を眺めておると、どうしてもそんなふうには見えんのだ」

 おれは苦笑した。そんな便利な力があれば、今ごろ地の底を這いずり回ってなんかいない。

 爺さんは軍服の胸ポケットをまさぐり、皺くちゃになった煙草の箱を取り出した。瞬時、視力が十倍になったように、箱の絵柄が目に飛び込んできた。そこでは巨大な蛸の化け物が、海の底から蝕腕を伸ばし、帆船をからめとっていた。

 クラーケン!

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