43(2)
彼女は言う。
「しばらく席を外してくれない? シャワー浴びたいんだけど」
「外は危険とワームがいっぱいなんだろう」
「三十秒以内に出て行かないと、ゴクツブシのチリソースを作るわよ」
「それだけは勘弁してくれ」
肩をすくめて、きびすを返した。
倉庫の入り口をおもわせる、鋲の打たれた鉄扉の前で振り返ると、仮面のレディはまだじっとこちらを見ていた。裸体に対するガードは、アリーシャよりもはるかに堅い。おれは再び肩を上下させ、扉を押して外に出た。
真っ暗かと思いきや、意外にも黄昏時くらいの明るさ。腕時計を見れば、ちょうど日が暮れる時刻だが、これが自然光であるわけがない。一帯は不気味な赤い光に覆われ、しかも緩い呼吸のリズムで明滅していた。
辺りは一面、瓦礫の原である。広大なゴミ捨て場と呼んでもいい。
建造物の残骸にさえぎられて、遠くはどうなっているかわからない。巨大な天井まで二十メートルはあるだろうか。腐ったような、穴だらけのコンクリートから、鉄骨やパイプやコードや、その他、正体の知れない廃棄物がはみ出していた。あの辺りにも、愉快なワームたちが大勢棲みついているに違いない。
我らが隠れ家は、黒ずんだ鉄の箱にほかならなかった。おそらく、大昔の軍用コンテナであろう。腐食が進み、瓦礫に埋もれかけたさまは、ワームの巣窟にしか見えない。まさか今頃、いい尻をした仮面のレディがシャワーを浴びているとは、誰も思うまい。いや、
さすがに入浴中は、彼女もそれを外すだろう。重い鉄の塊を持ち上げるとき、豊かな髪があふれるだろう。緋色だった七年前と変わって、薄い金色に染められた髪。その毛先がなめらかな背中を撫で下ろし、充実した臀部の上で揺れるだろう。
(ガンスリンガーに最も不必要なもの。それは想像力だ)
自身を戒めつつ、再び周囲に気をくばった。
よからぬ妄想を愉しんでいる間に、異様なもの音が生じていることに気づいた。ここへ来たときからずっと鳴り続けている、ぶぅーんという重低音とは明らかに異なる。がりがりと瓦礫を引っ掻くような音。しかもその音は、明らかにこちらへ接近していた。
(巨大なワームか。それとも……)
最悪の可能性を胸の内で揉み消しつつ、小動物のように耳を済ませた。異音はもはや疑う余地もないほど、高らかに瓦礫を引っ掻いていた。時速二十キロくらいは出ているようだ。けれど、瓦礫にさえぎられて、その姿をなかなか確認できない。やがて三十メートルほど先に土煙が立ち、ひどい油の臭いがした。となると、
機械だ。
おれはパイソンを抜いた。
接近物に対して、板状のコンクリート塊を盾に身構えた。耳障りな音が響き、視線の先で瓦礫が弾けた。破片が盾に次々とぶつかり、砂埃が視界を圧した。ほんの数メートル先でアイドリングしているらしい、エンジン音と油の臭い。
砂埃にまみれて、おれは舌打ちした。こんなことなら、二葉にゴーグルを借りてくるべきだった。目をしばたたかせながら、盾の間から覗きこむと、そこには鉄のモグラがいた。
(なんだこいつは?)
戦闘用でないことは一目でわかった。かといって、乗用にしては奇怪すぎる。建機に近い気もするが、こんな用途不明な車両は見たことがない。そもそもこいつは車両と呼べるのか。なにしろ、うんと突き出たフェンダーの左右の、本来前輪のあるべきところには、太い鉄の爪が三本ずつ、にゅっと伸びているのだから。
あたかも、モグラの前脚のように。
運転席は剥き出しで、一人の小男が座っていた。工事用のヘルメットを後ろ向きに被り、ゴーグルのような眼鏡をかけ、鼻の下に白いヒゲをたくわえていた。この変な爺さんが着ているのは、旧首長連合傭兵部隊の軍服である。闇市場に流れたものだろうが、おれは眉をひそめた。
爺さんが適当にレバーを動かすと、爪がうねうねと蠢き、ボンネットの上で、二つの赤い光が明滅した。ライトではない。投光機なら、運転席の横にくくり付けられているではないか。カバーの中で、縦に並んだ円い光源からは、一種の「視線」が発せられているように思えて仕方がなかった。
おれたちを襲った掃討車の「眼玉」のように。