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 おれは両手を上げたまま、奇怪な鉄仮面を覗きこんだ。視線は痛いほど感じるものの、当然、表情はまったく読みとれない。もしかしたら、今にも泣きそうな顔をしているのではないかと、ちょっと考えた。

 彼女がなぜ鉄仮面をかぶっているのかという、単純な疑問が今さらながらわいた。ただ顔を隠すには大げさすぎるし、秘密裏に行動する上でも、何かと邪魔だろう。では、顔をいちじるしく傷つけているのか。だからどうしても見られたくないのか。おそらく、それが最も妥当な理由だろうから、がさつなおれといえども、触れるのは憚られた。

「なぜそう思うんだ?」

 ナイフによる威嚇を無視して、そう訊いた。

 プロのガンスリンガーに太刀打ちできると考えるほど、マキはばかではない。それでも意思表示するように、ナイフの先端を向けたまま、仮面の中で小さな溜め息をもらした。

「エイジ、あなたは人類刷新会議に雇われている」

「いい嗅覚だ。犬のにおいがしたんだな」

「わたしが言う必要もないでしょうけど、刷新の密偵が船の中で次々と消されているわ」

 言葉づかいが、以前より柔らかくなっている。少女の頃にはなかった艶が含まれている。彼女の声は、この場にそぐわない官能をも引き起こすかのようだ。

「おれも消されると思うか?」

「よそ者は、ここでは裸で歩いているようなものよ。どんなに巧みに潜入したつもりになっても、同じことだわ。たちまち、やつらに嗅ぎつけられるでしょう」

「その『やつら』について知りたいんだがね。イーズラック人なのか」

「わたしより、むしろあなたのほうが詳しいんじゃない? 船で生まれ育ったわたしでさえ、いまだにわけがわからないんだから。あのいまわしい、寄生型ワームのようなやつら。いつの間にか船に棲みついて、疫病のように蝕んでゆく、白い眼をしたやつら……」

 ナイフが放たれた。冷たい風がおれの頬をかすめ、背後で壁に突き立つ音が聞こえた。マキはその場にしゃがみこみ、仮面を両手で覆った。揺れる髪。震える肩。指の間をつたう涙は、けれど確認できなかった。

「教えてよ、エイジ。やつらはいったい何者なの?」

 彼女に歩み寄り、肩に手をかけた。コートの粗い生地の下で、痛々しいほど細い肩が、囚われた小鳥のようにおののいていた。

「それを知るために?」

「ええ。誰一人、仲間も作らなかった。誰も信用できないと思った。生粋の船中人で、やつらを忌み嫌っていた者でさえ、いつやつらの仲間に取り込まれるかわからないものね」

「賢いマキのことだ。それでも何か突き止めたんだろう。親父さんたちの死因について」

 顔が持ち上がる。勢いで、おれの手は払いのけられた。冷たい鉄仮面と、間近で見つめあう恰好だが、無理もない。ナイフを突きつけられなかっただけでも、僥倖とすべきだろう。

「おれを信用してほしい。なんて、間の抜けたことは言わないよ。先にひとつ訊きたいんだが、きみが刷新をも忌み嫌うのは、この『幽霊船』を取り壊そうとしているからなのか」

 仮面が左右に振られた。

「違う。それもあるかもしれないけど、人類刷新会議が、表立ってかかげているイメージほど、クリーンではないと感じるからよ」

「クリーンではない?」

「政治家なんてみんな似たり寄ったりだ、といったレベルの愚痴ではないの。こんな船の中に閉じ籠もって、何がわかるのかと思うかもしれないけれど。暗がりから覗いてこそ、よく見える世界だってあるわ。それにここは、裏情報の吹き溜まりみたいな場所だから。エイジ、そもそもどうして『人類刷新会議』なんていう、大げさな名前がついていると思う?」

 次はおれが首を振る番だった。正直、考えたこともなかった。仰々しく名のったほうが、何かとお得なのだろう、くらいにしか。彼女は語を継いだ。

「神様がいるのかどうか、わたしにはわからないけど。でも、人類を『刷新』する資格があるのは、神様くらいじゃないかしら。どう思う? かれらがもしも本気で、その名を名のっているのだとしたら」

「当局の理念は、極めてツァラトゥストラ教に近くなる、か」

 自身、口にしながら戦慄を禁じ得なかった。思い当たるフシがあったのだ。身を乗り出して、マキはささやく。

「もちろん、当局の首脳がツァラトゥストラ教徒だと疑っているわけじゃない。むしろかれらを排除しようとしているように見えるわ。二つは相容れない水と油のようなもの。だけど、根幹の部分では繋がっていると感じるの。ツァラトゥストラ教の過激派が、イミテーションボディを飼い慣らそうとしているように」

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