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5(2)

 弟の語を兄が継いだ。

「五キロ以内はあらかた調査済みなので、もう少し遠出してみることにしたんです。一応用意してはいましたが、十キロ以内なら、防護服もいらないだろうとタカをくくって」

「なにせ初めての場所ですから、ぼくたちは当てずっぽうに車を走らせました」

「辺りは雑草に埋もれかけた瓦礫の原で、トラックの強化タイヤはパリパリと、常に何らかの障害物を粉砕しながら進みます」

「シートにもたれて、ぼんやりとリアウインドウを眺めていたぼくは、急に跳ね起きて、ハンドルを握る兄の肩を叩きました。一軒だけ、ぽつんと建っている家を見つけたのです」

「教会のような工場みたいな、みょうてけれんな建物でしたね。ジャンク屋のカンといいますか、一目で『これは』と思いましたね。瓦礫を割りながら、どうにか建物の近くまで車を寄せました。ガス爆発でも起こしたように、屋根が半分吹き飛んでいて、全体はびっしりと蔓草に覆われています」

 大気汚染と温暖化によって季節は狂い、一年の四分の三を夏が占めるようになっていた。夏と冬の間に、春と秋は存在せず、ゆえに二月前といえば、まだ夏の盛りだった。

「さっそく車を降りようとした兄の腕を、ぼくはつかみました。目の前のポーチで、蛇腹草が毒々しい、赤い実をつけていたからです。周りと異なり、この建物の中だけ、いちじるしく汚染されている可能性があります。目配せして防護服を着こみ、高圧ガス銃を装備しました」

「玄関のドアを蹴破るのは造作ありませんでしたよ。空爆を受けたみたいに、中はがらんどうで、壁はあらかた吹き飛び、二階の天井から一階の床まで、吹き抜けになっていました」

「小型のワームが数匹這っているだけで、やばそうな生き物の気配はありません。そのかわり、めぼしいものも何もなくて、拍子抜けしたように、顔を見合わせました」

「引き返そうとしたところで、急に足もとがぐらついて、おれは思わず叫び声を上げて倒れました」

「振り向くと、床の石畳がすり鉢上に陥没しています。ぼくはトラックまで走り、大きなハンマーを取ってきました。思いきり打ち下ろすと、案の定、四角い穴がぽっかりと口を開けました」

「よほど深いのか、中は真っ黒です。覗きこむと、冷気がひんやりと顔にかかります」

「ハンマーを捨てて、懐中電灯で中を照らしました。礫で組まれた四角い壁が、はるか下まで垂直に伸びているようです。壁には、鉄の梯子が打ちつけられていました」

「一彦が降りようとするのを、おれは慌てて引き止めましたよ。なにしろ、ここは汚染地帯です。人間の領域ではありませんから、何が潜んでいるか、知れたものじゃありません」

(お宝が詰まっているかもよ)

(よく聞け一彦。むかしむかし、一人のミイラ取りがおってな)

(わかったよ。心配性だなあ、兄さんは。安全ベルトとロープを持ってくるから、何かあったら引き上げて)

「エイジさんもご存知のとおり、おれの右腕は強化アームですからね。しぶしぶOKしたんです。弟のやつは、するすると身軽に下りて行きます。懐中電灯の灯りは揺れながら、たちまち闇に呑まれました」

「ゆうに四、五階建てのビルくらいの深さはありましたね。底までたどり着くと、飛び上がるほど冷たい水が、くるぶしまで溜まっていました。梯子の向かい側に横穴があり、やはり礫で囲われていて、身を屈めれば支障なく進めそうです」

「ロープの動きが急に止んだかと思うと、今度はずっと緩やかに解け始めました。それも一分とたたないうちに、またぴたりと止まったんです」

「横穴の突き当たりに、木の扉がありました。場合によってはハンマーを投げてもらうつもりでしたが、材木がすっかり腐っていたらしく、簡単に蹴破ることができました。中は意外に広く、弓形の天井に光を向けると、コウモリが驚いて、わらわらと飛びたちました」

 そこは地下の礼拝堂をおもわせたという。朽ちかけたベンチが並び、横に聖歌隊席が、奥には祭壇らしきものがみとめられた。ぼろぼろの垂れ幕。落下した額縁。石畳の床を黒々と満たす水の上で、懐中電灯の光ばかりが、散り散りに乱れた。

「神様の像はひとつもありませんでした。かわりに、銀の板をくりぬいたような、奇妙なシンボルマークが、祭壇の奥の壁にかかっていました。そうですね……ちょうどアルファベットのAを逆さにしたような」

 おれは目を見張った。

 まぎれもなく、ツァラトゥストラ教のシンボルではないか。

「カプセルを見つけたのは、祭壇の中です。蝋燭や供物をのせる台の下で、半分水に漬かっていました。いい地金になりそうですが、こんな金属の塊、とても一人では運べませんから、ロープを結んで、兄に引き上げてもらいました」

「すっかり苔むして汚れきっていましたが、こすってみると、きらきらと金色に輝きます。掌を当てると、かすかに、ぶーんという震動が伝わってきます」

「いったいこれが何なのか、二人ともさっぱりわかりませんでした。そこで毛布でぐるぐる巻きにして持ち帰り、二階の相崎博士に鑑定を依頼したというわけです」

 こうして無邪気で愉快な八幡ブラザースは、パンドラの箱を持ち帰ったのである。

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