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リスのような素早さで行き交う、緋色の娘たち。あれでよく盆を落とさないものだと感心する。体の線を這うドレスの中で、臀部の肉が左右に揺れる。
「真相は、じつにシンプルなものだな。ここの住人とイーズラック人が、折り合えるわけがないと思っていたが」
思い出したように煙草に火をつけて、溜め息まじりに煙を吐いた。一向に料理に手をつけぬまま、ランボー氏は顎ヒゲを指でしごいた。かれの容貌は、どちらかというと見る者に不快感を与えるが、愛嬌のある仕ぐさに救われている。
「やつらは、ウィルスもちのワームなみにタチがよくありません。神出鬼没でとらえどころがない。影のように『幽霊船』の中をうろつきまわり、隙あらば何でも掠め盗ろうと、あの色素の薄い目を、猫のように光らせている。中でも最も忌まわしい点は、やつらが感染力を持つことですね」
皮肉っぽく笑うと、かれの顔は皺だらけになる。あたかも本来の顔の上に、他人の顔の皮膚を貼りつけているように。
「ちょっと待ってくれ。イーズラック人は、密売はやらかすが、基本的に盗みはしない」
「おっと、これはわたしの言い方がよくなかった。やつらが掠め盗るのは、なんというか、もっと抽象的なものなんですよ」
「抽象的な?」
「魂だか精気だか、何というのか知りませんが、そういった目には見えないが、自身が自身であるために必要な何かを、ごっそりと抜き取ってしまうんです。抜き取られた者は、しだいに瞳の色素が薄くなった挙句、やつらの仲間にされるんです。閉鎖ブロックの壁の向こうに、吸収されちまうんですよ」
おれはさっきよりも盛大に、溜め息をついた。
「あんた詩人だね」
「お褒めにあずかり光栄です。じつは若気の至りで、一冊だけ詩集なんぞを出した過去があります。本家本元のランボー殿下には、及びもつきませんがね」
本当に詩を書いていたとは。どんなものを書いていたのか。どこでどう間違ったのか。おおいに興味はあったけれど、あえて無視した。
「まるで古めかしい怪奇映画だよ。親孝行横丁の映画館でこっそり上映されているような。それにどうも、おれが思い描いているイーズラック人のイメージとは、だいぶかけ離れている」
「ええ。わたしもたまには穴倉の外へ這い出しますからね。ここのイーズラックどもが、極めて『特殊』であることは、承知しております」
「住民との仲は?」
「言うまでもなく、最悪に土星の輪をかけた状態ですよ。血なまぐさい争いが絶えません。ショバの問題もさることながら、プライドを傷つけられるんでしょうなあ」
詩の次は三文小説的な心理描写か。そう考えながら、おれは煙を吐き、耳を傾けた。
「ここの連中は、まあわたしも含めてなんですが、社会からはみ出した人間としての自覚と誇りを持っておりまして。文字どおり、『壁』の外にはみ出して住まう代わりに、税金を拒否し、治外法権を維持することで、やくたいもない政権抗争に明け暮れる権力の亡者どもを嘲笑っておったわけです。ところが、イーズラックどもの侵入によって……」
「お株を奪われた」
「そうなりますかな。我々やくざ者の集まりが、それなりに秩序を保って暮らしてまいりましたのは、権力に近づかないという、暗黙のルールがあってこそです。都市地区をのし歩く不法ギルドの連中とは、そこが根本的に異なるわけですよ。首長だろうが刷新だろうが権力は権力。我々の敵であることに変わりはないのです」
「つまり、共通の敵をもつことで、一つになっていた」
「あまり褒められた感情じゃありませんがね。ところが、ここの『特殊な』イーズラックどもは、それこそ権力の亡者の手先となって働いているらしい。お株を奪うだけならまだしも、我々のアイデンティティーに泥を塗る恰好ですよ。『幽霊船』の存在を根底からおびやかす、腐食性ワームよりも恐ろしい病根となっているわけです」
節だらけの指を組み、かれは関節を鳴らした。始終、感情をおし殺して話すこの男の、心に秘めた唸り声を聞く思いがした。おれは煙草を揉み消した。
「時に、カノウさんという一家を知らないか。七年前に世話になったんだ。主人の名前は忘れちまったが、当時は電気工事店をやっていて、マキという娘が一人いた」
ランボー氏は初めて紹興酒のグラスを持ち上げ、ちょっと口をつけて顔をしかめた。アル中どころか、酒はいけない口らしい。いずれにせよ、かれがこれからあまり言いたくない事実を告げるであろうことは、予想できた。
「夫婦はすでに亡くなっておりますよ。三年前でしたか」
「二人ともかい? まだまだバリバリ働ける年齢の筈だが」
「ここが汚染地帯に食い込んでいることをお忘れなく。少なく見積もっても、平均寿命は都市地区より十歳は下回ります。とはいえ、夫婦の死に限って言えば、謎に包まれておりましてね。娘が帰宅してみると、家の中はめちゃくちゃで、おまけに血の海だったそうです。死体は二つとも、ついに出ませんでしたね」