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 そう言って彼女はまたレモンティーを飲んだ。少しぬるくなって甘みが増し、なにやら淫靡な味がした。千里眼のゴーグルの表面に、シグナルめいた光が明滅した。口の端を歪める笑みを浮べたまま、パントマイムのように指を動かしつつ、かれは言う。

「後継者争いというものは古今東西、本人どうしの闘争というより、かれらを裏で持ち上げる者たちによる、勢力争いにほかならないのさ。Aの勢力が長男を持ち上げれば、Bの勢力は次男を担ぎ出す。世襲という伝統的なルールにのっとってね。では、長男のプロフィールからはじめようか」

「竜門寺慎二郎ね」

「さよう。三兄弟のうち、かれだけ母親が異なる。真一郎の最初の奥さんの子供だ。後に真一郎は好色漢として名を馳せるが、若い頃はそうでもない。かれと彼女は苦楽をともにした仲で、当初は模範的なカップルといえた。死滅した言葉を使えば、彼女はヤマトナデシコさ。生き馬の目を抜く政界に乗り出した真一郎を、陰でしっかり支えていた」

「ところが、産まれてきた慎二郎は性格破綻者だった」

「よく調べてるじゃないか。舞踏狂と引っかけて、舞踏卿の異名をもつ。踊りながら産まれてきたとか、這い這いしながらブレークダンスを踊ったとか、立ち上がった瞬間ステップを踏み始めたとか。そんな与太話がまことしやかに語られるほどのダンスきちがい。いっそ本職のダンサーにでもなれば、本人も周りも幸福だったのだろうが」

「野心家で金遣いが荒くて好色漢という、真一郎の負の側面をすべて受け継いでしまった」

「そういうことさ。ことあるごとにダンスパーティーを開いては、カネを湯水のように撒き散らす。娼婦だろうがやんごとなき奥方だろうが、誰かれかまわずベッドに誘う。生きていれば現在二十六歳。軍服のよく似合う、なかなかの男前だものね。要人の奥方を寝取っては大問題を引き起こし、何度も父親を窮地におちいらせている。さて、次男はなんといったかな」

「竜門寺武留」

「ボクに言わせれば、兄の舞踏卿と比べて面白みの少ない青年さ。絵に描いたような四角四面の学者肌。そのくせ政治的野心はしっかり持ち合わせている」

「かれの母親について知りたいわ」

「そうだった。真一郎の後妻となる、彼女は当時、中部地方全域を牛耳っていた有力者の娘だよ。言うまでもなく、政略結婚だ。これを期に、無名の青二才に過ぎなかった真一郎は、めきめきと頭角をあらわしてくる」

「先妻はどうなったのかしら」

「大昔の小説に『ひかげの女』というのがあるが、悲劇だよね。ヤマトナデシコらしく、あっさりと身を引いた。舞踏卿がまだ二歳の頃の話さ。けれども理念どうりにはいかないのが、人間の心ってやつだろう。離婚した半年後には亡くなっている。病死とされているが、自殺その他の説もある」

「もし彼女が生きて慎二郎を育てていたら、あそこまで性格が歪まなかったかもしれないわね」

「たしかに。舞踏卿は彼女の死後、あっちこっちたらい回しにされている。それも決して良家とは限らなかったようだよ。支持するつもりはないが、踊り狂いたくもなるだろうさ。さて、後妻について話を戻せば、明らかに悪妻の部類に入った。手袋みたいに先妻をくるりと裏返したような女だった」

「お嬢さま育ちで、高慢で、意地悪で、しかもめっぽう美人という。まるでわたしみたいな」

「最後の一言は記憶から削除しておくよ。実際、彼女が先妻を毒殺したという噂もあるほど、呂后や西太后みたいなスゴイ女さ。まあ、政治的野心はなかったようだがね。そのかわり、ツァラトゥストラ教の熱心な信者で、ほとんど狂信者と呼べるレベル。どんどん深みにはまって、五年後にはとうとう家を出た。文字どおりの、出家だねえ」

「籍は?」

「残したままさ。逆にこれが真一郎にとって好都合となった。猛烈な悪妻が、頼みもしないのに向こうから出て行ってくれたわけだからねえ。彼女の実家もかれに負い目を感じこそすれ、非難はできない。幼い二人の息子をとっととよそへ預けて、あとはやりたい放題さ。ちなみに人類刷新会議によるクーデター後、彼女の行方は杳として知れない」

「何か知っていそうな雰囲気だけど、まあいいわ。竜門寺武留のプロフィールを聞かせて」

「武留と書いてタケルと読む。が、名前に相違して典型的な文人だ。弟とは別々の家庭に預けられた。裕福な学者の家だったらしく、ま、三兄弟の中では、最も恵まれた少年期を過ごしたと言えるだろう。弱冠十八歳で第三大学を卒業。大学院に在籍し、物理学から文化人類学までオールマイティーにこなす。若き有望な学者として、マスコミの寵児となる」

 マスコミを通じて、かれの顔なら二葉もよく知っていた。眼鏡をかけた、いかにも生真面目そうな面立ち。美男には相違ないが、父親ゆずりの陰鬱なかげりが、拭いようもなく貼りついていた。生きていれば、二十二歳になっているだろう。千里眼は続けた。

「頭のよさもさることながら、品行方正。物静かで落ち着き払っていて、年齢からは考えられない老成ぶりだよ。貞女の鏡のような先妻から舞踏卿が生まれ、絵に描いた悪妻の胎からこんな男が出てくるんだから、わからないものだね。さて、竜門寺チルドレン最後の一人は?」

 竜門寺亜理栖。

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