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「このあいだの、通学路にお化けが出るという悩みは、解決したのかい」
卵型の顎をつるりと撫でて、千里眼はたずねた。声や身振りに呼応して、スクラップたちの計器類が明滅する。電気的なビブラートがかかった声といい、まるでかれ自身が、廃棄されたジャンク品のひとつであるかのようだ。自慢の脚を颯爽と組んで、二葉は答えた。
「ええ、おかげさまで。本当に報酬はいらなかったの?」
「仕事をした覚えはないし、これからも基本的に仕事はしない。もしボクのタワゴトがきみの利益につながったとしても、とくに意見をもたない」
「わたしに話しかけられるのは、迷惑?」
「むしろ楽しんでいると言っておこう。きみはとても、ユニークだから」
「乙女に対する褒め言葉じゃないわね」
「参考にしておく。時に、また乙女の悩み事かい?」
彼女は脚を組みかえた。箱が震動しているせいで、どうしてもお尻がむずむずする。移動しようかと辺りを見回したが、ほかに無難なガラクタはなさそうだ。
「バイト先でいろいろあって」
「悩んでいるわけだ。青春だねえ」
かれの笑い声はとても人間のものとは思えない。エレキヴィオラを幼児が掻き鳴らしているような音が響き、ぴりぴりと、箱が刺激を伝えた。彼女は少し頬を染め、落ち着かない様子で、また脚を組みかえた。
「竜門寺チルドレンについて知りたいんだけど」
「きみはアルバイト先で、壮大な悩みを抱えてるんだねえ」
「わざと茶化してるでしょう。わたしのバイト先は新東亜ホテルなんだから。かつてあの場所を牛耳っていた竜門寺家に興味をもつのは、自然な成り行きじゃないかしら」
「自然、ねえ」
笑みを浮かべ、千里眼は無言劇の役者のように、指を蠢かせた。奇怪なゴーグルがなければ、それは爽やかな笑みと呼べたかもしれない。また顔の表情が読みにくいぶん、かれの指は能弁に動くのだ。
「言っておくけど、ボクが知り得ている情報は、すでに新聞に書かれたことばかりだよ。あらためて、きみに話すまでもない」
「構わないわ。ちょっと頭を整理したいの」
「どうだか。情報とは迷路だからねえ。深入りすればするほど、帰り道がわからなくなる。が、まあお望みとあらば、つまらない話を一席ぶちましょうか。一年ばかり前、竜門寺家でちょっとしたお家騒動が持ち上がったことは知っているね」
「後継者争いね」
「さよう。竜門寺真一郎はまだ六二歳。気力活力ともに少しも衰えていないどころか、鼻息はますます荒く。大日本連邦の支配者となるべく、あのてこのての権謀術策。並み居る首長を次々と蹴落としては、着実に地歩を固めていった。あと二千年くらいは後継者なんか必要なさそうな勢いさ」
大日本連邦とは、なんと滑稽な名称であるかと二葉は思う。たしかに第二次百年戦争初期までは、他国の政治的混乱につけ入って、アジアに侵出。複雑怪奇な経済操作で縛りつけ、広大な領土の実質的な支配権を得ていた。それが今では北海道さえ「北政権」に奪われたうえ、国土の七十パーセントが汚染地帯と化しているのだから。
千里眼は続けた。
「ゆえに、いきなり後継者問題が浮上した時には、誰もかれもが驚いた。いったいいかなる心境の変化か。宗教にでも入れ込んで謙虚になったのか、などと様々に取り沙汰されたが、なあに真相は単純明快。竜門寺真一郎の体は不治の病に蝕まれていたのさ。きみもかれの姿をテレビジョンか写真で見ただろう」
「鼻が高くて、目がぎょろりと鋭くて、白髪をなびかせて。あとはげっそりと肉がそぎ落とされて、ミイラか骸骨が服を着ているようだった」
「ずっとあんな風貌だったからね。病気になったかどうか、外見からはなかなかわからない。ともあれ、後継者はもちろんのこと、かれの三人の息子たちの中から選ばれる。いわゆる、竜門寺チルドレンだね」
「そこのところがよくわからないのよね」
「というと?」
「どうして世襲でなければいけないのかってこと。聞くところによると、竜門寺真一郎は、ずっと息子たちを遠ざけてきたそうじゃない。愛するどころか、むしろ疎ましがっていた」