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「ならば問おう。いったいきみは、彼女をどのような存在と考えておるのかね」
おれは改めてカプセルの中身を見下ろした。蛍光を発する培養液は、まるで少女自身の輝きを伝えるようだ。一糸まとわぬ……と思っていた彼女の左手首に、ごく細い、金属の腕輪らしきものがみとめられた。プラチナに似た質感。象形文字をおもわせる浮き彫りがあり、唯一、この部分にだけ数本のプラグが接続されていた。
彼女の表情は少し硬くなっていた。眉間に小さな皺を寄せ、光る液体の中で、わずかに身をのけぞらせたさまは、苦悶するようでもあり、恥らっているようにも思えた。
「合成ゲノムを用いた人造人間だ。ほかに考えようがない」
いや、ひょっとすると、「普通の」クローンである可能性も高い。そう考えたのは、左手首の腕輪がみょうに気になったからだ。何らかの理由で「手首だけになった」少女の、本体のほうを再生させたのかもしれない……いずれにせよ、非人道的な所業には違いない。
相崎博士こそ、現代のフランケンシュタインであり、プロメテウスの亡霊ではないか。
「当たらずとも遠からずと言っておこう。しかし頭脳の回転が極めて緩慢な点はともかく、きみくらいばか正直なほうが、彼女を託すには向いているのかもしれないな」
「託すだと? おれのやり方でいいのなら、遠慮はしない」
ジーンズのポケットからM36を抜いた。少女の心臓に狙いをさだめ、親指で撃鉄を起こした。博士が眉間に皺を寄せた。その哀れむような表情に、不本意ながら、おれは少々たじろいだ。
「いやはや、呆れてモノが言えんよ! きみの脳細胞はピルトダウン人の化石かね? いったい処理班にいて何を学習したのやら」
「こうするのが彼女のためだ」
「それこそ、傲慢極まりない人間のエゴだと思わんのか。まあ、撃ちたければ撃ってみたまえ。そんな玩具が、ニッケルコイン一枚ぶんの役にも立たんことくらい、きみが一番知っている筈だがね」
おれは銃口の先を見つめたまま、これ以上ないほど目を見開いていたと思う。
極めて緩慢な頭脳の回転が、ピルトダウン人の化石なみの脳細胞が、ようやく一つの事実の前にたどり着いていた。
なかば無意識に、悪夢から逃れようとするかのように、首を振ったのは、ほかのアイデアを懸命に探そうとしたのだろう。けれど、直感という名の制御不可能な力が、最も信じ難い、信じたくない、驚嘆すべき事実の前に、おれを連れ戻すのだった。
「まさか……」
「その、まさかさ」
不敵な笑みを浮かべた博士の顔が、眩暈の中で揺らめいた。圧倒的な力で、おれの視線は少女の、無垢としか言いようのない裸身の上に引き戻された。脳裏で一つの単語が、烈火のごとく燃え上がる気がした。
イミテーションボディ!
5
八幡ブラザースは語る。
「カプセルを掘り起こしたのは、およそ二月前。区域の北の郊外でした」
「アハハ、一朗兄さん、エイジさんにまで嘘をつかなくてもいいだろう。境界線よりも十キロ近く先でしたよ。もちろん汚染地帯に入っています。でも北のあの辺りは、比較的汚染が軽微で、近年はIBも全く確認されていませんからね。事実上は緩衝地帯と考えてよいでしょう。そうしてぼくたちジャンク屋にとっては、宝の山でもありました」
「その日は、二葉の学校が休みだったもので、店番を妹にまかせて、珍しく一彦と二人で出かけました。北の境界は警備が甘く、フェンスも老朽化しているため、抜け道は複数確保してあります」
「例えば、フェンスに突っ込んだまま干からびている、二十メートル級の多脚ワームがありますよね。じつはあの虫の体内が、いい感じにトンネルになっているんです。死骸とはいえ、無数の脚を突き出したワームの口に飛び込もうなんて、誰も考えませんものね。でも、うちのトラックくらいなら、わりとスムーズに通れるんですよ」
一説によると、多脚ワームは退化したイミテーションボディと考えられていた。ワーム類の中では、兇暴性、攻撃力、再生力、どれも桁違いに突出しており、最も恐れられている害虫のひとつだ。もちろん、駆除対象の第一種に指定されていた。