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残り3日 太陽から逃げられない。



 昨日の夜、何度も頭で唱えた。



――普通にしよう。普通に。

 


 でも、脳がその言葉を信用してくれない。

 


 朝、教室のドアを開ける前に、深呼吸した。


(……今日は、できるだけ自然に。

 昨日みたいにペース乱されるのはもうゴメンだ。)



が、扉を開けた瞬間。

 


 目の前の光景が、一瞬で眩しくなる。

見慣れた教室なのに、太陽が一個増えたみたい。



「おりー! おはよ!」


「うわっ!」



 陽翔がすでに俺の席の横に立ってた。

笑顔全開、光量過多。



「お前、朝からテンション高すぎ」

「いつも通りだろ」

「嘘。昨日より明るい」

「昨日より織の顔が見えたからかなー」

「お前さ……」


(もう無理。朝から心臓がフル稼働。)



 陽翔が鞄を机に置きながら、当たり前みたいに言う。

 


「なぁ、今日部活休みだし、帰り――」

「無理」


「まだ何も言ってない」

「なんとなく分かる」

 

「エスパー?」

「学習した」


「帰り、一緒に――」

「だから無理って!」



陽翔が眉を下げた。

その顔されると罪悪感出てくるからやめて……。

 


「……そっか。避けてんの?」


「避けてない」

 


 ほんとは自分でも分かってる。

避けるほど、余計に意識してしまうこと。

それが一番タチ悪いってことも。

 


「顔に避けてます、って書いてある」

「書いてないって!」


(うわ、もうこれどうしよう。

 普通に話すだけでドキドキすんのが悪いんだって。

 だから、距離を置いたほうが落ち着けるって、ほんとに思ってんのに。)




◇◇


 1時間目が始まっても、集中できない。

陽翔が鉛筆回してる音、ノートの紙の音、全部がうるさく感じる。



「織」

「なに」

「寝てんの?」

「起きてる!」

「ならいい」


(なんなの、その安心の仕方……!)

 



 休み時間になった。

教室の空気がちょっと違うことに気がついた。

なんかこう、みんなの視線が……痛い。


(何があった?俺、なんかやらかしたっけ?

 ……いや、やらかしたわ。昨日の手つないで帰ったんだった……!)



 そのタイミングで陽翔が顔を覗き込んできた。

「織、今日一緒に帰りたい。いーだろ?」

「ちっか!!」

 

その瞬間、クラスの女子がざわっと笑う。



「昨日見た?」

「駅前で手つないでたよね?」

「やっぱりそうなんだ〜!」


(……見られてたぁぁぁ!!!)



 机の上のシャーペンを握る手が汗で滑る。

心臓が教室の中心にでもあるみたいに、ドクドクいってる。

ああ、終わった。完全に終わった。



「……陽翔」

「ん?」

「お前……バレた」

「何が」


陽翔がぽかんとした顔で聞き返す。

 


「いや、もう全部」

「全部って?」

「手とか!」


「手?」

「お前、それわざと!?」


「わざとじゃねーよ。自然現象」

「自然現象って言うな!」


(頼む、先生、早くチャイム鳴らして……!)

 



◇◇


 昼休み、俺はわざと席を外して、誰もこなさそうな屋上につづく階段でパンを食べてた。


一人になりたくて。


落ち着きたくて。




……なのに。



 背後の気配だけで分かった。

この感覚、もう身体が覚えてるのが最悪だ。

 


「ここいた」


「!!」



陽翔が袋持って立ってた。



「……探すなよ」

「そりゃ探すだろ」



その言い方が、優しすぎて反論が弱くなってしまう。

 


「なんで」

「織がいないと昼、味しない」


「……お前、どんだけ俺中心だよ」

「俺のソーラーパネルみたいなもんだから」



 目の前の笑顔が、ほんとに眩しすぎて視線を逸らした。

太陽の話なんて冗談なのに、絶妙に説得力あるわ。

 


「うるせー!太陽エネルギー」

「褒め言葉?」

「違うわ!!」



 陽翔は隣に座って、パンの袋を開けた。

何も言えない。

言ったらまたペース握られる。


(ていうか、俺の「避け期間」短すぎない?半日もってないよ?)





 放課後になって、教室を出ようとしたら、背中を軽く掴まれた。


 指先の感触が、制服越しでも分かる。

逃げようとした足が、その一瞬で止まった。



「なに」

「ちょっと」


陽翔が俺の前に回り込む。

 


「なんで今日、俺から逃げてんの」

「逃げてないよ」


「じゃあなんで目そらす」

「そらしてないし!」


(俺の顔が勝手に答えてる気がする……!)

 


「今もそらしてる」

「……うるせーな」



 陽翔が苦笑する。

でもその目は真っ直ぐだった。

 

(なんで逃げられないって分かってるのに、逃げたいふりだけ上手くなっていくんだ。)



「なぁ。昨日、手つないだろ」

「忘れてねーよ」



陽翔は少し息を吸ってから、言った。

 


「俺さ、あれから、織を手放したくなくなった」


「……お前、ほんっとバカ!」

「バカでいい」


「開き直るな!」

「お前になら、バカって言われたい」


「……」


 笑って誤魔化せない。

さっきまで避けようとしてたのに、顔を上げたらもう距離が近くて、

あの茶色の瞳に全部見透かされてた。



「……ほんと、うざい」

「うざいって言われるの、結構好き」

「ドM?」

「織にだけだし」


「しらねーよ……!俺ちょっと職員室に用事あるから!お前先帰れよ!」


(ほんと、避けようとしても、全然避けらんない。)



 俺はなるべく人目を避けて移動して、校舎裏の自販機の影でジュース飲んで、息を整えていた。



(あー、あと3日。俺、どうすんだよ。

 完全に“朝日の相方”ポジ確定じゃん。

 転校する前に、なんか青春の全イベント制覇してる気がする……)



「隠れてんの?」

 

「うわっ!!びっくりした!」



陽翔が自販機の影に立ってた。

ポケットに手を突っ込んで、笑いながらこっちを見る。

 


「見っけ」

「追跡やめろや!」


「……お前、嘘つくの下手だもん。それに噂の人だし」

「お前のせいじゃん、俺が目立ちゃってんの」

 


 笑いながら、少しだけ声を落とす。

 


「……俺、噂になってみんなにどうみられても困んないし」

「俺は困る!!」


「なんで」

「なんでって……」



 言葉が詰まる。



ただ、陽翔の声が少し震えてるのだけ、分かった。

どうしてか分からないけど、

理由を説明したら、本音まで出てしまいそうで怖かった。



 陽翔は少し黙って、ペットボトルを隣に置いた。


「俺は平気だけど、お前が困るなら……」

「……」


「気をつける。でも、離れたくはない!」



その言葉が、刺さる。



「なぁ、陽翔」

「ん」


「俺、転校する実感まだなくてさ」

「……俺も。実感ないけど、焦ってる」


「焦ってる?」

「時間足りない」



風が強くなって、制服の裾が揺れた。

陽翔が一歩、近づいてきた。



「ちょ……近づきすぎ」

「逃げんな」

「お前、またそれ……」



 肩を触られた瞬間、一気に熱くなる。

逃げようと体を引いたのに、逆に引き寄せられた。



次の瞬間、陽翔の腕が俺の背中に回った。

抱きしめられて、呼吸が止まった。


(……は? な、なにしてんの!?)



「静かにしてろ」

「お前が静かにして!」

「……落ち着く」

「え!俺は落ち着いてない!」

「うるさいな、織」



 二人の鼓動が響く。

どっちの音かもう分からない。

たぶん、俺のほうが早い。

 


「ちょ、ほんと、近……っ」



陽翔が、すこし力を弱めて耳元で囁く。



「……こうしてると安心する」

「……ばっかじゃないの」


「お前も安心してんじゃないの?」

「してない!」

「顔、赤くなってんだけど?」

「言うなって!」



(ほんとは、ちょっと安心してるけど。

 そんなこと、言えるわけない!!)




◇◇


 帰り道、いつもより歩くペースが遅かった。

陽翔が手をポケットに突っ込んだまま、言った。



「なぁ、織」

「ん」

「転校しても迎え行く。駅まで。毎週でも」


「どんな距離感だよ……」

「恋愛距離」

「うるせーよ!」

 


 ふざけた言葉なのに、声が少し震えて聞こえた。

笑って誤魔化してるのは、たぶん俺の方だ。

 


 陽翔が笑って、俺もつられて笑う。

ほんと、しょうがねぇやつ。



でも、

その笑顔を見て胸が締めつけられた。

 

(このまま時間が止まればいいのに)

って思った自分に、いちばん驚いた。



 でも……このまま進んだら、俺はもう、「戻れない場所」に足を踏み入れる気がしてる。


 


 

〈残念なお知らせ。〉

 

俺はもう、

逃げる理由を思い出せなくなっている。





 

読んでいただきありがとうございます!


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