残り4日 甘さが加速する。
火曜日の朝。
いつもと同じ道、いつもと同じ時間。
でも、なんか全部違って見える。
逃げられない感が、まだ残ってる。
世の中の音量だけ下がって、代わりに俺の中だけざわざわしてる感じ。
(絶対、昨日の屋上のせいだ!)
顔洗っても、頭の中に陽翔の声がこびりついてる。
「俺、もうお前のこと好きって言っちゃったから」
とか、真顔で言うなよ。
朝から胃にくるんだって。
登校中、後ろから自転車のベルが鳴った。
「おりー! のろい!」
「お前うるさい! 通学路で全力疾走するな!」
並んできた陽翔は無駄に眩しい。
風で髪が揺れて、笑顔がよく見えて。
なんかもう、太陽が喋ってるみたいだ。
すれ違う生徒がみんな、陽翔を一度は見ていく。
こいつ、ほんとに光源か何かなんじゃないかって思う瞬間だな。
「昨日ちゃんと寝た?」
「お前のせいで寝れなかった」
「俺のせい?」
「“俺のこと好きだ”とか言われて寝られないわ」
「じゃあ、俺も寝れてない」
「……なんで」
「織の顔、思い出してた」
反射的に顔を背けたけど、顔が赤くなってるのは自覚してる。
朝の空気のくせに、全然冷めない。
「はぁ……もう黙って!」
(朝からそういう直球禁止!)
◇◇
教室に入ると、予想通りざわざわしてる。
すれ違う女子たちの視線が刺さる。
目が合うたびに、“知ってますよ”みたいな顔をされてる気がする。
(まだ噂続いてんの……?)
「昨日の屋上デート、好評だったぞ」
新田の一声で、心が折れた。
「デートじゃねーし!!」
「はいはい」
「はいはい言うな!」
新田の笑い声がクラス中に響く。
冗談みたいに聞こえるけど、俺の中では笑いごとにならない。
この感じ、完全に人生の公開処刑……。
(助けて誰か。俺の生活がネタ化してる。)
◇◇
1時間目が終わって、2時間目の現代文の授業が始まった。
先生の声が、いつも通り眠気を誘うテンポで流れてく。
ノートに目を落としていたのに、ふとした拍子に視線を上げた。
……目が合った。
よりによって、陽翔と。
「……っ」
向こうは普通の顔してるくせに、口角がほんのちょっと上がった。
その気づいてたくせに気づいてないフリの顔、ダメでしょ!!
陽翔が唇だけ動かして
「昨日の続き、したい」
って言ったみたいに見えた。
筆箱ひっくり返しそうになった。
「おい。福山、大丈夫か?」
先生の声が飛ぶ。
「だ、大丈夫です!」
陽翔が隣でくすっと笑う。
(……今日、攻めすぎ! いや昨日からだ!)
昼休みに購買から戻ったら、新田がコンビニのおにぎりを頬張りながら俺の席を占拠してた。
「福山〜。昨日の屋上デートに続いて、今日は授業中アイコンタクト?」
「アイコンタクトじゃねーし!!」
「はいはい、照れんな照れんな」
「照れてない!」
新田が口をもぐもぐしながら続ける。
「てかさ、さっきも朝日がさ、 『織がかわいくて朝寝坊しかけた』って言いふらしてたぞ」
「は?何言ってんだあいつ!!」
「女子3人くらいが『尊い〜♡』って死んでたぞ」
「誰が殺したんだよ!!」
新田がケラケラ笑う。
「まぁさぁ……でもこれって、お前転校した後、どうなるんだろうな?」
「やめて、未来予測すんなよ……!」
そこへタイミング悪く陽翔が戻ってきて、
俺の机にパンの入った袋を置いて覗き込んだ。
「織、俺も一緒に昼メシいーだろ?」
「いーだろじゃねーよ! 距離感!!」
新田がニヤニヤしながら退散していった。
(絶対わざと置いてったな、話題。)
◇◇
放課後のチャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気に緩む。
校門を出ようとした瞬間、後ろから「おい」と呼ばれた。
振り向いたら、陽翔が門にもたれて立ってる。
カバン片手に笑顔で。
「帰るの、いっしょしていい?」
「え、別に……」
「いい、ってことな」
「お前毎回それやるな」
「織が否定しないもん」
「否定してるんだよ、心の中で!」
「顔が肯定してる」
「してねー!」
口では文句言ってるのに、
歩くテンポが自然と揃ってるのが腹立つ。
俺の足が勝手に、こいつのペースに合う。
(ほんと、会話が格闘技。)
夕焼けが商店街の看板を染めてて、パン屋の甘い匂いもする。
信号待ちで風が冷たくなったのを感じた。
陽翔が横でふっと笑って言った。
「なんか、こうやってゆっくり歩くの久々だな」
「部活だったからじゃん」
「それもあるけどさ。
最近は、お前と話すのも減ってたし」
「……そうだな」
陽翔が笑って、肩を軽くぶつけてきた。
「なぁ、織」
「ん」
「手、出して」
「は? 断る」
「じゃあ俺がするわ」
「おい!」
陽翔の手が、すぐそばまで来るのが分かった。
何も言わなくても、
空気でその意図が伝わるくらい、近かった。
陽翔の指が俺の手に触れた。
そのまま指先を絡められる。
(待て、待て、待て……!)
「――っ!」
「暴れんな、危ない」
「誰のせいだよ!」
「俺の」
逃げようとするたびに絡まる感覚が強くなる。
息を吸うのも忘れてた。
「いや、でもほら。なんか、自然だろ?」
「どこが!?」
「前から、こうしたかった」
「……何言ってんの、バカ」
風が吹いて、街灯がちょうどひとつ点いた。
通学帰りの人たちがすれ違っても、
陽翔は恋人つなぎをしている手を離さなかった。
(心臓、死ぬ。こんなの、慣れる気しない。
でも――嫌ではないけど!
……嫌じゃないってなんなんだよ!)
家の前で別れるとき、陽翔が言った。
「明日も一緒に帰ろ」
「お前、毎日誘う気?」
「当たり前じゃん、もうなくなるんだろ? 一緒に帰れる日」
「……それまた言うの?」
「言う。
織が“また明日”って言うまで」
(……マジでやめて、
そういう言い方、マジでずるいんだよ。)
〈残念なお知らせ。〉
もう、いつもの俺が、行方不明っぽい。
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