硝子の雨宿り
――嫌だ
帰り道の商店街、私は唐突に雨宿りを強いられた。制服のスカートに滲み始めた湿気を気にしながら、古びたコインランドリーの軒下に身を寄せる。
雨は、まるで世界中の感情を一気に洗い流そうとするかのように激しかった。一粒一粒がアスファルトを叩きつけ、小さな水たまりに無数の王冠を打ち立てていく。
それは、つい一時間前の私みたいだと思った。
――じゃあな…
彼から別れを告げられた瞬間、私の胸の奥に閉じ込めていた小さな期待や夢が、すべて激しい雨粒となって外へ弾け飛んでしまった。涙は出なかった。ただ、世界が急にモノクロになって、音だけが五月蝿くなった。
鞄の底から、ペットボトルを取り出す。体育の授業の後、彼が「一口ちょうだい」と言って唇をつけた、あの飲みかけのものだ。
蓋を開け、透明な水を喉に流し込む。無味のはずなのに、私はその水に何か特別な味を探してしまう。
彼の唇が触れたはずのプラスチックの感触。彼の体温が僅かに移ったかもしれない水の冷たさ。
目を閉じる。思い出すのは、夏の屋上で二人で分け合ったレモンソーダの甘さと、夕焼けの海辺で交わした、未来を信じきっていた約束の熱。それらすべてが、今のこの無色の水を飲む行為によって、幻影として封じ込められていく気がした。
――まだ、ここに残ってるかな
そう呟いて、もう一口、水を飲んだ。もう、彼の痕跡なんてどこにもない。彼の気持ちが私から離れたように、水はただの水に戻り、やがては甘い記憶と共に涙になって外に出る。
――終わる
そういうことなんだ。
雨の勢いが弱まった。激しい感情の奔流が過ぎ去った後のように、空気が澄み、遠くから車の走る音が聞こえる。
私は、ぐっとペットボトルを握りしめた。彼のいた世界から、彼のいない世界へ。その境界線は、このコインランドリーの軒下と、その先に広がる光り輝く濡れた道だ。
最後の水を飲み干し、空になったボトルを鞄にしまう。
まだ少しだけ湿った雨の匂いを深く吸い込んだ。
顔を上げると、濡れた街並みが硝子細工のように煌めいていた。この激しい雨宿りのおかげで、私の心は洗い流され、空っぽになった。空っぽだからこそ、また新しいものを満たすことができる。
――次の世界へ
彼が残したものではなく、彼との記憶が、これからの私を形作る一部になる。そして、私は私自身の力で、自分の未来の水を満たすことができる。
私はそっと、輝くアスファルトへ一歩踏み出した。




