第38話 上級村民様
〈山神覚〉は堀川保に目を向けたまま続ける。
「〈みこ〉の犠牲を前提とした、ある種のカンニング手段を独占する共同体が、国政や国家の命運を左右する領分に長年人材を送り込み、今日まで大きな影響力を維持し続けていたことになります――そのあたりについて、いかがお考えなのでしょうか、堀川さん」
「黙れっ!」
ドン!
堀川保は顔を蒼白にして絶叫し、引き金を引く。
だが、読心能力を持つ〈さとりのばけもの〉が相手では、威嚇射撃など意味はない。
〈山神覚〉は怪異らしい無頓着で足を踏み出し、堀川保ににじり寄っていく。
「堀川さんの場合は深層より表層意識に集中したほうが読みやすいようですね。深層まで行くと〈えいちさま〉とのリンクのせいでノイズがひどい。なるほど、この村の人材はみな国家の繁栄の為に身も心も捧げる覚悟、なにも恥じるところはないと。覚悟があると何故、カンニングが許されるのかはわかりませんが。とにかく高邁な理想をお持ちのご様子」
揶揄の表情を隠さず告げた〈山神覚〉は、張り扇をパン、と鳴らして喋り続ける。
「では、具体的な〈叡智浴〉のご感想を伺いたいと思います。実際に〈知恵の鮭〉と合一するというのはどのような体験だったのでしょう? ほう、なるほど、村の重鎮の一族として一番乗りで〈叡智浴〉を……おや、聞いていた話と少々違っているようですが。高校三年生の男子が一斉に池に入るのでは?」
張り扇を顎に当て、わざとらしく疑問を口にする〈山神覚〉。
痛いところを突かれたのか、堀川保は頬を震わせた。
「ああ、なるほど、村の中でも上の家柄の人間は本番の〈叡智浴〉を行う前に池に入り、優先的に叡智を授かるのですね! 実際の〈叡智浴〉を行う時には〈知恵の鮭〉は二、三匹! んー、ありがちですが、これもヒトコワですね! はい、はい、堀川一族は江戸時代から続く士族の名家なので優先されて当然と! ええ、仰るとおりです! 素晴らしいヒトコワマインド! 興奮を禁じえません!」
チャット欄
・上級村民枠ってころか
・因習村でもあるんだなこういうの
・因習村だからこそ、といいたいところだがほかでもありそう
他の住人の前で優先枠の存在を暴露された堀川保は、青い顔で周囲の男たちに視線を巡らせた。
顔色を伺うように。
もしくは「文句があるのか」と脅しつけるように。
堀川保の周囲にいるのは、榛寿谷の住民の中でも〈えいちさま〉に選ばれなかった人間がほとんどだったようだ。
榛寿谷の上級村民である堀川保を直接問いただしたり、表情を動かすような人間はいなかったが、彼らの眼の前には〈さとりのばけもの〉がカメラと張り扇を構えて立っている。
住民たちの心の声を嬉々として読み取り、暴露し始める。
「皆さんもうっすら気づいてはいらしたようですね。それでも上級村民様に逆らうことができないから気づかないふりをしていらした」
パン!
「気づいてないふりをしてやっていたのに。いざばれたら脅しつけやがってこのクソカスジジイ?」
パパン。
「元はと言えばテメェの家がやらかしたんだろうが? なに偉そうな顔を?」
「おいっ! 誰だ! オレの顔を見て言ってみろ!」
逆上した堀川保が空に向けて散弾銃を撃ち、住民のひとりににじり寄り襟首を掴む。
「どうせこっちに来ると思ったよ。殴り返しそうなやつのところには絶対いかないんだ……ありがちですよねー、そういうの」
笑いながら実況を続ける〈山神覚〉
「ほほう、上級村民様はお酒を召すたびに村の若い衆に〈叡智浴〉の武勇伝を? 頭の中に〈知恵の鮭〉が入ってくるときの苦しさや選ばれた恍惚を、得意げに、鼻の穴を広げて毎年毎年……」
張り扇をパンパンとならして〈山神覚〉ははやし立てる。
「皆さんもううんざりしておられたっ! んー、村社会村社会村社会ッ!」
「だ、黙れっ! 殺すぞっ! おい! おまえら! こいつを殺せっ! 何をしているっ!」
恐慌状態に陥った堀川保は残弾のなくなった散弾銃を〈山神覚〉に投げつけると地団駄を踏みながら〈山神覚〉を指さし、住民たちに物騒な命令を出す。
だが現状、榛寿谷の住民たちは〈山神覚〉によって〈叡智浴〉の優先枠の存在を暴露され、上級村民とそれ以外で分断された状態だった。
〈山神覚〉のほうもそれがわかって堀川保に集中攻撃を浴びせている格好だ。
〈えいちさま〉の実による洗脳効果も〈叡智浴〉そのものを肯定することはしても〈叡智浴〉の優先枠まで肯定するほど融通の効くものではないらしい。
喚き散らす堀川保に従って動き出す人間は現れなかった。
「今日のところはこんなところか、引き上げるとしよう」
わめき続ける堀川保、立ち尽くすだけの住民たちを見渡して〈沙津真ちぇす人〉は告げた。
チャット欄:
・ええええええっ!
・因習村爆破解体セレモニーはないんですか
・ずっと全裸待機していたんですよ!
・〈大車輪〉ちゃんは出ないんですかっ!
「〈えいちさま〉爆破実況はないのかという視聴者の苦情が殺到していますが」
「いくら僕が大男児でも住人のいる土地で無許可で爆破解体をやるわけがないじゃないか」
当たり前だろう、という顔で肩をすくめた〈沙津真ちぇす人〉は側に控えた『茶頭』を引き上げさせると、そのまま悠然と榛寿谷から姿を消した。




