第36話 『茶頭〈サドー〉』
チャット欄
・これはひどいコラボですねwww
・ヒトコワとか言ってるけど山神よりこええのが出てきたことあったっけ
・さっき普通に映っとった
・あれを人に分類するかどうかは要審議
アパート静影荘の大家にしてイラストレーター、封印系異能者の白河ミユキは、VTuber沙津真ちぇすと、そのマネージャーである鷲寺ツバサ、連絡役として待機中の怪異『着信音』と一緒に離れのテレビに映った怪異の配信サイト〈ゴーストキャスト〉の配信画面を眺めていた。
配信タイトルは|令和の因習村凸撃潜入配信!
配信チャンネルは『卍人怖麻呂TV』。
人怖をテーマに凶悪事件やいじめ、ハラスメントなどの現場、因習村などに潜入、読心系怪異である〈山神覚〉の特殊能力を活かして事件の真相や人の心の闇に切り込んで笑い転げたり煽り散らかしたりする不謹慎配信を行っているらしい。
帆置知彦の〈霊街〉の住人ではなく、普段はソロで活動している怪異だそうだ。
なお〈引戸祈〉及び〈沙津真ちぇす人〉の正体は〈霊街〉の怪異『黒帽子』の力を借りて変装した帆置知彦である。
堀川保からの引戸祈の引き渡し要求を真っ向から拒否してしまうと、再びフォースウォールプロダクションが攻撃を受ける恐れがある。
所属タレントの個人情報を漏洩でもされたら取り返しがつかない。
そこで一旦引戸祈から手を引く形にした上で、帆置知彦が〈引戸祈〉に変装し、〈山神覚〉と共に榛寿谷に潜入、調査と撹乱、配信活動を行う作戦である。
〈山神覚〉という配信系怪異を引き込んだのは〈さとりのばけもの〉の能力を〈えいちさま〉を中心とした榛寿谷の習俗の解明に役立てること、そして政財界やマスコミの上層部などまで入り込んでいる榛寿谷出身者による圧力や隠蔽工作への対策が目的である。
怪異界隈での配信なので表の世界への訴求力は低いが、逆に表の世界からの圧力で削除や凍結させることができない。
ついでに配信された動画がバズると後追いの配信系怪異、単純に野次馬系の怪異などが押し寄せ、怪異のホットスポット状態になることもあるらしい。
かなりの嫌がらせだが、先におかしなハシバミの実を送りつけたのは榛寿谷の方なので文句を言われる筋合いはない、というのが帆置知彦の弁である。
〈山神覚〉は怪異らしく忽然と姿を消しているが〈沙津真ちぇす人〉のほうは監禁部屋の扉を粉砕、明確な痕跡を残して立ち去っている。
緊急警報のサイレンの音が鳴り響く中、レースゲームの配信を思わせるスピード感で集落を駆け抜けた〈沙津真ちぇす人〉と〈山神覚〉は早くも榛寿谷の最奥に屹立する巨樹〈えいちさま〉の根本にまで到達していた。
「とうちゃーく! 噂の〈えいちさま〉の根本までやって参りました。樹高はざっと三〇メートルくらい、普通のセイヨウハシバミがだいたい……どれくらいでしたっけ?」
〈えいちさま〉にカメラを向け、〈山神覚〉が訊ねる。
「普通のセイヨウハシバミなら樹高は五メートルから七メートル程度。通常の四倍から五倍といったところかな。表の世界の日本三大巨木に匹敵する大きさになる」
そう解説した〈沙津真ちぇす人〉は一体の怪異を〈霊街〉から呼び出した。
「『茶頭』目利きをしてくれ」
その声を受け、虚空から這い出したのは、茶釜や茶筅、茶杓、砕けた茶碗、水差、茶入、棗といった茶道具とその残骸で構成された大蜘蛛型の怪異。
「承りました」
老成した男の声でそう応じ、音もなく動き出す。
チャット欄
・なんだこいつ
・無念の死を遂げた茶人の霊魂やら呪物化した茶器とかの集合体らしい
・戦国時代だと有名茶人わりと切腹したりするからな
・茶人なのになんで蜘蛛なん?
・平蜘蛛って名前の茶釜と一緒に爆死したと言われる戦国武将がおってな
・爆弾正茶人枠か
茶人と茶器の怪異『茶頭』は茶杓や茶筅でできた足の先を人の手指のように枝分かれさせ〈えいちさま〉の葉をちぎり取る。
漆器で出来た目に〈えいちさま〉の葉を写した『茶頭』は、そのままその葉を握りつぶすように絞る。
身体から取り外した茶碗に移し、更には身体の茶釜で沸かした湯を注いだ。
そのまま飲んでしまいそうな雰囲気に見えたがーー。
ガチャン!
最後は茶碗ごと地面に放り捨てる。
チャット欄
・捨てるんかい!
・こんな茶が飲めるかあぁぁっ!
・そもそも茶ではない
・実際飲んだら毒っぽい気はするが
・自分で勝手に淹れておいてという感じは否めない
・まさに茶道
・まさに外道みたいにいうな
砕け散った茶碗の破片には目もくれず、『茶頭』はすすす、と移動する。
今度は〈えいちさま〉の前方にある池に向かい、茶杓で水を採取、今度は水差しに入れて検分する。
最後に池の中に直接身を沈めた『茶頭』は、そこから白く細長い、理科室の人体骨格標本のようなものを複数抱えて戻ってきた。
無論標本ではなく、本物だろう。
「出ましたねー人骨! しかも複数っ! これはもう完全因習村認定を出してもいいんじゃないでしょうか」
パンパン。
嬉々として言って張り扇を打ち鳴らす〈山神覚〉。
「過去にここで入水した〈みこ〉の遺骨にございましょう」
そう告げた『茶頭』は紺色の毛氈を敷き、白骨を恭しく下ろす。
陶片を継ぎ合わせて作った香炉に線香を立てて火を付け、合掌をした『茶頭』は、白骨に付着していたゼリー状の物質を茶杓で採取し、検分をした。
そこから再度白骨を拝んだ後、〈沙津真ちぇす人〉に向き直り「済みましてございます」と告げた。
「聞かせてくれ」
「まず、こちらの池の水でございますが〈えいちさま〉の樹液の成分と、魔術的に変性した人間の体組織の成分が含有されておりました。樹液は池の中に張り出した根から染み出したもの、人間の組織は〈えいちさま〉の種子を摂取した結果植物繊維状に変性し、崩壊した〈みこ〉のものに相違ございません」
『茶頭』は白骨から採取したゼリー状物質を収めた小皿を掲げて見せた。
「〈知恵の鮭〉とやらについては現物がおりませなんでしたが〈えいちさま〉の樹液と〈みこ〉の変性物が混じり合って生じたものと見てよろしいかと」
「だいぶ情報が増えてきたな。〈知恵の鮭〉の現物がないといささか隔靴掻痒の感があるが」
「そのあたりは聞き取り調査と参りましょう」
そう口を挟んだ〈山神覚〉はカメラを動かし、猟銃や木刀、ナタなどで武装して集まってくる榛寿谷の住人たちの姿を写した。
「おおっと、とうとう因習村人の方々に見つかってしまいました。大ピンチです!」




