第35話 卍人怖麻呂TV
声はそのまま、しかし明らかに引戸祈とは別人の口調で言った〈引戸祈〉は両手でメガホンのジェスチャーをすると「返事をしたまえー」と要求した。
「聞いているのは分かっているし返事ができるのもわかっているぞー、堀川康どのー」
ーーなんだこれは。
堀川康が混乱し、言葉を失っていると。
〈引戸祈〉は没収されているはずのスマホを引っ張り出し、堀川康のスマホを鳴らし始めた。
「早くでたまえー。出ないと壁をやぶって出るぞー、おーい」
堀川康はスマホを手に取り、応答ボタンを叩く。
「やあ、やっと出たね」
「……な、なんだ、おまえは」
「この場で名乗る名前はないが、とりあえずは〈沙津真ちぇす人〉と名乗っておこうか」
〈引戸祈〉の姿がゆらいで、黒い着物姿に黒髪、赤いメッシュの美青年へと変化する。
声もまた、女性のものから男性のものとなる。
VTuber沙津真ちぇすとの活動には関心の無い堀川康には知る由もない話だったが、沙津真ちぇすとがエイプリルフールネタとして発注し、一度だけ使用した沙津真ちぇすとの「イケメン化バージョン」のデザインをそのまま立体化、現実化したものだった。
「そしてそちらにいるのは『卍人怖麻呂TV』の〈山神覚〉くんだ。現在絶賛ライブ配信中だが顔と声には修正がかかっているから個人情報の心配はいらない」
その言葉と同意に、堀川康の目の前にタクシー運転手の衣装に猿の面、烏のような羽根をつけ、ライブ配信用のカメラを構えた怪人が現れる。
明らかな怪異、あるいは妖怪変化と言った趣の怪人は堀川康に配信用カメラを構えたまま一礼し、やたら陽気な声で自己紹介をした。
「はじめまして! 山神一門八八代目、〈山神覚〉と申します! どうぞお見知り置きを!」
「と、撮っている、のか?」
「ええ、〈引戸祈〉さんに扮した〈沙津真ちぇす人〉さんがこの集落にやってきてから現在に至るまで一部始終をリアルタイムで。現在の同接は一万程度ですね」
ーー誰の許可を取って撮影など! すぐにやめろ!
そう叫びたいところだが、眼の前にいるのはあからさまな怪異である。実際に口を動かすことは出来なかった。
しかしーー。
「やめろ?」
〈山神覚〉は言葉にならない叫びを勝手に聞き取り、わざとらしく問い返す。
「恐縮ながらそういうわけには参りませんが、どうかご安心を。こちらの配信は人間に向けたものではございません」
〈山神覚〉は講談に使う張り扇を出し、パパン、と景気のいい音を立てた。
「インターネットでもダークウェブでもなく、〈ファントムネット〉の〈ゴーストキャスト〉、いわゆる怪異の世界の動画配信サイトで、リスナーの99%は怪異でございます。人間の世界での法秩序や圧力は一切通用しませんし、ここでどれだけ悪評が立っても人間社会での評価や風評にはおおむね影響いたしません!」
パン!
張り扇は本来、釈台と呼ばれる机を叩いて音を出すものだが、単体で音を出している。
「ええ、はい、私は〈さとりのばけもの〉。人の心を読むことを得意としております。苦手なものは焚き火と天井のないガチャとなっております。貴方がお家の名誉回復にかける思いも、今度こそは何としてでも姪御さんを〈えいちさま〉に捧げるのだという熱い想いも、バッチリと実況させていただいておりますし、後ほどバッチリ再編集してショート動画にもさせていただきます! ご安心を!」
配信用カメラを構え、〈山神覚〉堀川康ににじり寄る。
「良い機会ですので、この集落で行われている、〈叡智浴〉という習俗について、詳しく聞かせていただきたいと思います! なんと、経験がおありなのですね。なるほど、毎年七月頃、〈みこ〉に選ばれた女性を社に入れて〈えいちさま〉の実と水だけを与えて一ヶ月! おお! 良質で芳醇なヒトコワの香りが漂って参りましたっ!」
パンパン!
張り扇を景気良く打ち鳴らした〈山神覚〉は、堀川康が口にしていない、しかし頭に浮かんだ情報を勝手に読み取って、朗々とした調子で言葉に変えていく。
「一ヶ月すると〈みこ〉は〈えいちさま〉に引き寄せられて入水。骨を残して溶け崩れ、それからしばらくすると〈知恵の鮭〉と呼ばれるものが現れる。ところでその〈知恵の鮭〉というのは一体何なのでしょうか、おや、おわかりにならない? そりゃあまたどうしたことで?」
〈山神覚〉は大仰に首を傾げる。
「先生は〈知恵の鮭〉との合一を果たせなかった? ふむ、本来なら優先的に〈知恵の鮭〉を与えられるはずだったのが〈みこ〉に選ばれた妹さんが逃げ出したせいでダメに? 本当ならば選良として国政の中枢を担うはずだったのに? なるほど、姪御さんに向けていらっしゃるその粘着質の想い! 集落を裏切り、先生の青雲の志を奪った妹さんへの恨みつらみ!」
パン! パン! パパン!
ひとりで勝手にテンションを上げ、講談でいう修羅場調子の勢いでぺらぺらと囃し立てる〈さとりのばけもの〉
「や、やめろ!」
頭の中身を勝手に暴露され、パニックになった堀川康は手近にあったマグカップを投げつけたが、山神覚は喋りを止めず回避する。
「先生がこんなところでくすぶっているのは予定通りに妹さんが〈みこ〉としての役目を果たさなかったから、なるほど! 妹さんが人身御供にならなかったから先生は不遇で腐っていらっしゃると! 素晴らしい被害者意識! 妻や子に恵まれなかったのも妹さんらが悪い! ナイスヒトコワいただきましたっ! そんな先生は拘束した姪御さんを一体どのように扱うおつもりだったのでしょう?」
ずずいとにじりよる〈山神覚〉。
そこが、堀川康の精神の限界だった。
転がるように部屋を飛び出し、大声をあげる。
「だ、誰か来てくれぇぇぇぇっ! バケモノがっ! バケモノが入り込んできたっ!」
その叫び声をかき消すように、地下から異音と衝撃が突き上げる。
地下の“禊部屋”内部に出現した二本の油圧ブレーカが分厚い扉を乱打、変形させ、吹き飛ばす音。
ストレッチャーから降りた〈沙津真ちぇす人〉は監視カメラを見上げると、犯行声明を残すように口を開いた。
「では、そろそろ動かせてもらうとしよう。この映像を見ている諸君は今後の身の振り方を考えておくことだ。僕が動き出した以上、この集落の命運はもはや尽きた」
そうして〈沙津真ちぇす人〉は、“禊部屋”から姿を消し、〈山神覚〉もまた堀川康のオフィスから姿を消した。




