8.契約婚約成立
さて、改めてマリウスはティアナに協力を要請した。
「それは、何をしたらいいのかしら?」
「そうだね。僕は、大体週に一回の間隔で神殿に行くんだけど……そのたびに君に来てもらうことは出来るかな?」
「それは難しいわ。父の領地はここから離れていて、馬車で往復5日近くかかるのよ。それでは、ほぼ毎日馬車に乗ることになっちゃうもの。それに、馬車を使うのだってただではないもの……」
マリウスは軽く目を見開いた。それは、きっと彼は馬車を使うことについて金が発生をしている、ということを気にしなくて済む立場だからなのだとティアナは思う。
しかし、ティアナからすれば大問題だ。週に一度となれば、往復5日をひとつきで4回。それこそ、王城にお願いをして別荘でももらうしかないではないか。
「馬車に関しては公爵家から出すよ……ああ、そういうわけにもいかないか。一体どうして公爵家の馬車が君を迎えに行くんだって、噂になってしまうなぁ」
「それに、迎えに来てもらって、ここまで送ってもらって、また送ってくれるってことは、大変よね? それなら、その辺の辻馬車を乗り継ぐ方がいいわ」
「いや、だが、それを君に強いるわけにはいかない。いくら馬車代を出すとはいえ」
あ、馬車代を出すつもりだったのか。とはいえ、馬車に乗っている時間をすべて拘束されることはごめんだ、と思うティアナ。
「月に一度じゃ駄目?」
「うーん、ちょうどその日に予定があえばいいけど……」
ティアナもまた「ううん」と唸った。彼女は別段ホロゥが自分の力で結局どうなったのかとか、そういうことに興味はそんなになかったが、単純に彼がホロゥをどう使っているのかには興味があった。少しは力になってもいいとは思うものの、彼からの要求はなかなか荷が重い。
となるとこの辺りに来て、彼と会いやすくなるための理由。そうだ。そういえば、別荘を貰えるとか貰えないとか。いや、それだけではちょっと弱い。公爵家に男爵家の娘が出入りをしても、よく会っていてもおかしくないような……。
「あっ」
「なんだい」
「ねえ、あなたわたしの嘘の婚約者になってくれない?」
「婚約者?」
「あなた、もう婚約者いらっしゃる? あっ、それとももう結婚なさってるのかしら。そうか、そうよね。ごめんなさい、忘れて!」
「していないし、婚約者なんていやしないよ。ぜーーーんぜん!」
そう言ってマリウスは小さく笑って両手を開いて手のひらを上に向けたポーズを冗談めかしてとった。
「僕は少し変わり者だと言われていてね。嫁いでくれる稀有な女性がなかなか見つからないんだ」
「変わり者? どこがどう変わっているのかしら」
「簡単な話だ」
彼は肩を竦めて見せた。
「僕は、小さい頃からホロゥを見ることが出来てね。あれらはほとんどが祈りの間に集められるが、そうではない場所に残っているものもある。幼い頃には、それを見つけては追いかけていたので、大人たちの目からは何かよからぬものに憑かれたようにでも見えていたに違いない。僕としては、無限に追いかけっこが出来る、格好の遊び相手だったんだけど」
その噂が、大人になっても残っているのさ、と彼は笑い飛ばした。公爵になっても相変わらず「変わり者」だと言われているからね、とも。
「そうなのね。わたし、祈りの間にいるあのホロゥたちしか見えないわ……」
ようやくティアナも「ホロゥ」と呼ぶことに少し慣れたようだった。マリウスは「うーん」と小さく唸ってから説明をする。
「多分なんだけど、母方の影響で王族の血が混じっているからだと思うんだ」
「え?」
王族の血が彼に混じっていることは特に驚かなかったが、それの何がホロゥを見られる力に結び着くのか、とティアナは首を傾げる。
「この国の王族は、過去にそういう力があったようでね。だから、聖女になる者も貴族令嬢からって話だろう。遠い過去に王族から分かれて爵位を授かった者、王族から嫁いだ女性など、どんどん血は薄くなっているけれど、時々覚醒をするようだね。過去の聖女も、たどればルーツに王族の血が流れているのでね」
「まあ、そうだったの? 確かにわたし、お母さまのひいおばあちゃまが、王族だったという話を聞いたことがあるわ」
「僕は祖母が第2王女だったのでね。で、なんだい? 婚約者? 君、婚約者が欲しいの?」
「あっ、そうそう!」
ティアナは大量に送られてくるデートの誘いにうんざりしていることをマリウスに説明をした。それから「わたしは暇があれば、おうちのソファでごろごろしていたいのよ」と、どうでもいいことを付け加えながら。
「陛下が、男爵家に王城近辺に別荘をくださるっていう話があってね……それが、どれぐらいここに近いかはわからないけど。実質わたしにくださるっていう話なの。ね、婚約者の近くに来れば、会っていたっておかしくないわよね?」
そう言ってティアナは「ふふっ」と可愛らしく笑う。その笑みを見たマリウスは「うん、うん、いいね」と、彼もまた笑った。
「それじゃあ、契約成立ってことで。僕は君に婚約の申し込みを出すよ。楽しみに待っていてくれる?」
「ええ、いいわ。勿論よ」
こうして、ヴァイス・ホロゥが結んだ縁で彼らは知り合い、あっという間に偽物の婚約者になる約束を交わした。互いに「話が早すぎるな?」と思ったものの、どちらも貴族のあれこれだとか、体裁がどうとか、お互いの噂などにもこだわらない性格が功を奏した。
ティアナは美味しいお茶と美味しい焼き菓子をたらふくいただいて、再びマリウスに神殿の祈りの間に送ってもらい、ウキウキと男爵家へと帰ったのだった。