53.宝剣の謎
「こちらになります……」
「ふむ」
国王はそれに目を通す。彼はあまり表情を変えなかったが、最後まで読み終えると小さくため息をついた。
「ラルフ。この、金貸し屋を今すぐ調べなさい。多分これは偽名で、ことが終わればすぐに消えてしまうはずだろうが、今ならまだ間に合う可能性がある。うまくいけば、マイツェン家とつながりがある男が出てくるだろう」
「は。かしこまりました」
ラルフは「失礼いたします」と言って、借用書を見て、それから一礼をして退出した。ティアナは目をぱちぱちとしばたく。
「ラルフって、本当に有能なのね……?」
「やつは、本当は僕の部下じゃあないんだ。国王陛下の忠実な部下なんだよ。本当は」
「えっ!」
驚きの声をあげるティアナに、苦々しく微笑む国王。
「大聖女よ。わたしも、宰相であるジェルボー公爵を失ったこと、とても身に染みているのだ。その時、このマリウスから相談を受けてな。この、借金騒ぎを知って……」
「そうだったんですね。まあ! まあ! となると、もしかしたらわたしが大聖女になったのも、今日のように王族が立ち入る場所に入れるようにしてくださるためですか?」
「そうだ。どうも、話を調べていくと、すべてが王妃に向かっている話でな。そうなると、もしかしたら王族しか出入りが出来ない場所でよからぬことをしているのでは、という仮説が成り立って……」
はあー、とため息をつくティアナ。よかった。ならば、もう自分は大聖女ではなくなるのだろうか、と胸を撫でおろす。だが、次の国王の言葉でそれは覆された。
「とはいえ、そなたの神託の質が高いことは、嘘ではない。よって、大聖女に任命をした。今後も、この国のために働いて欲しい」
ええ~、と声が出そうになるティアナ。それを寸でのところで止めて「はい……」と消え入りそうな返事をするにとどまった。
それから、ティアナはみなに事の報告をした。音声からではまったく読み取れない内容。ホロゥを使っての犯罪について。どうやら、王妃はマリウスのようにホロゥを手に入れることが出来てそれを使いこなすことも出来ていたようだと。その力を使って貴族に借金をさせ、そこから金を巻き上げていたのではないかと。
「その、ホロゥというものは、わたしには見えないのだろうな。見えないものを信じなければいけない、それを理由に罪をあげなければいけないのは、なかなか骨が折れる」
国王は難しい表情を見せる。
「残念ながら、王妃はわたしの本妻だ。そして、彼女がそんな犯罪に手を出してしまったのは、きっと国庫が圧迫されてしまい、ここ数年王妃の懐に入る金を2割減らしたせいなのだろうと思う。あるいは、マイツェンがなんらかの甘言を用いて彼女をのせたのか。その辺はわからぬが……」
たった2割で、とティアナはちらりと思ったが、考えればその2割は「1年分の2割」なのだ。そうなれば、体感としても相当大きな2割だったに違いない。
(そういえば、神殿にいらした時だって、王妃様はとても値が張りそうなドレスや宝飾品を身につけられていたわ)
自分の目利きには自信がない。だけど、それはこの部屋と同様、誰が見ても「そう」だとわかるようなものだった。けれども、そういう恰好をしていることも、王妃としては正しいようにも思える。以前、コンスタンツェが激していた時にも言っていた。国王、王妃の見た目。身に纏うものは贅の象徴。いわゆる、国が豊かであるという証だ。そういう意味で言えば、あれは間違ってもいないのだろう。
「人々に公平にふるまうということは、このわたしには難しい。どうしても王妃に甘くなってしまう。だが、彼女がジェルボー前公爵に手を出してしまったのは、大きな間違いだった。困ったことに、わたしにはまだジェルボー公爵が必要でな……」
多分、王妃は「その借金を返せる金が当たり前のようにある、潤沢な財を持つ者」として狙いをつけたのだろうと国王は言う。なるほど、確かに借りても簡単に返せなければそこから話が大きくなる可能性もある。そして、まさか王妃はジェルボー公爵が宰相を辞任するとは思っていなかったに違いない。金を返してしまって、後は「一体あれはなんだったんだ」と思いつつも、そのまま日常を送るのだと考えていたのだろう。
けれども、前ジェルボー公爵はそうではなかった。国の一宰相として、己の記憶障害を重く見て、爵位を譲ってしまった。それが、国王が腰をあげた理由、マリウスが国王にことのいきさつを話した理由にもなっていたというわけだ。
「あの……陛下。わたし、少し不思議に思ったことがあって」
「うむ。言ってみなさい」
「王妃様は、神殿にご訪問をなさった日に、わたしに……」
彼女は、宝剣のことに言及をして「引き続き、ある程度役立てるように」と言っていた。多分、それは、マリウスがティアナに言ったように「ホロゥを祈りの間からすべて切って消さないように」という意味だったのだろうと思う。
だが、どうにも腑に落ちない。ある程度役立てるようにという言い回し。ホロゥを切らないで欲しければ、宝剣は使わなくてもいい、と言えば済む話なのだが、それは「ほどほどにホロゥを切れ」と言っているようなものではないか。
それには、国王ではなく、マリウスが言葉を返す。
「これは推測なんだけどね。多分、ホロゥを切ると、君の魔力はあがる」
「えっ?」
ティアナの声はひっくり返った。どうやら、それについては国王とマリウスは既に知っていたようだった。
「わたしの魔力が? っていうか、わたしの魔力があがっても何もいいことないわよね……」
「昔の魔法使いがホロゥから魔力を抽出していたという話を聞いただろう?」
「聞いたわ……」
マリウスは苦笑いを浮かべて、ティアナをまっすぐ見た。
「その宝剣は特殊な、そのためのものなのかもしれない。そして、そこで吸い取った魔力を使って、祈りの間にある像から神託を得る。そして、吸いとられたホロゥは天に召される。君に魔力が潤沢にいきわたって鮮明な神託が得られるのも、すべて君がホロゥをざくざく切っていたからだと思われる。王妃としては、ホロゥは切らないで欲しいが、この国を傾けたくないので、それなりには切って力を得てくれ……という話だったのだと思う」
と、その時。まったく話がわからない、ほぼ空気と化していたマートリー男爵が「申し訳ありません、ホロゥとは……?」とおずおずと声をあげ、そうだった、とマリウスは1から説明をすることになった。その間に国王は使用人や兵士を呼び、王妃を自室に戻して、そこで軟禁するようにと命じる。
どうやらそうこうしている間に舞踏会は終盤を迎えてしまい、このまま戻れそうにはなかった。ティアナは国王と兵士のやりとりを聞きながら「もう一度ぐらいならダンスを踊りたかったかもなぁ。だって、あんなに練習したんですもの!」なんて、ぼんやりと考えていたのだった。




