52.ペンダント
「ティアナ!」
「マリウス!」
なんとなく。マリウスが両手を広げてくれたから、ティアナは当然のようにそれに飛びついた。まるで、そこがゴールだとでも言いたげに。そこまで行けば、何故か安全だと思えたからだ。
マリウスは、ぎゅっとティアナを抱きしめてから、すぐに腕を緩めた。ティアナも、がっしりとマリウスの胴にしがみついてから、すぐに手を離す。互いに互いを抱きしめたことなぞ初めてだったが、ダンスのおかげか、それはなんだか当たり前の行為のように素直に受け入れる。
「よかった。大丈夫かい」
「大丈夫……かどうかはよくわからないの。あの、あのね、その、マートリー男爵と、男爵がサインをさせられそうになった借用書は手に入れたわ。でも、そろそろ多分王妃様は気が付かれると……コンスタンツェが中に入ってね……それで……」
マートリー男爵がいる前でどこまで話してよいのかわからず、少しぼかして伝えるティアナ。だが、マリウスは即座に「わかった」と答えた。
「じゃあ、今すぐ陛下のところへ行こう。今頃、もう部屋に入って待っていてくださるだろうから」
「え?」
部屋? 陛下? 一体何のことだろう。ティアナがぼうっとしていると、マリウスはマートリー男爵に挨拶をする。
「マートリー男爵。初めまして、僕はマリウス・ジェルボーと申します。先日、仮ではありますが、ジェルボー公爵として爵位を譲り受けた者です。少々、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
少々お時間を、と言われても、マートリー男爵はきょろきょろとティアナを見て、それからマリウスを見て、そしてラルフを見て、またティアナを見る。一体何が起きているのかまったく彼はわかっていない。だが、どうやら何かに自分がまきこまれたようだ、ということだけは理解が出来る。
「すぐに。王妃に手出しが出来ない場所に、陛下には行ってもらっていてね。そこに今すぐ行こう」
そう言って、マリウスは手招きをした。それへついて歩いていく一同。と、ティアナは「何か」を感じて、後ろを振り返る。
「……ね、マリウス、あれは、マリウスのホロゥ?」
ティアナが囁く。
「いや、違うな」
「じゃあ、切っちゃうわね」
ふわふわと、先ほどまでいた通路の方から、白いホロゥが浮かんで来る。だが、ティアナはそれを無慈悲に宝剣で切った。本当のところはわからないが、多分、それは「王妃が引っこ抜いたホロゥ」だ、と思う。
「わたしが見えるってことすらわからないぐらい、パニックにでもなっているのかしら」
そう言っている間にも、みなは遠くで鳴る舞踏会の音楽や喧騒をかすかに聞きながら、王城でよくわからない通路を歩く。そうして、とある一室にたどり着いたのだった。
「おお、マリウス。待っていたぞ」
「遅くなり、大変申し訳ございません」
「良い、良い。そなたから受け取った資料を読む時間をもらったと思えば、丁度良かったわ」
その部屋は、国王の私室だった。私室といっても、普段使っている私室ではない。そこは、国王だけが使う部屋なので、王族であっても誰一人として普段は行くことが出来ない。あくまでも、国王が私的に使うためのもう一室、というわけだ。
まず、国王が座っている一人用の立派なソファが一つ。それとは別に大きなソファが2つ向かい合わせになっており、間に大きなローテーブル。それらは、すべてが最高級品だ。なんといっても、そういうものにあまり目が利かないティアナでも、それを「そうだ」とわかるほどのもの。
1人用のソファに座っていた国王は「それぞれ、座るがいい」といささか雑に告げた。マリウスが「僕はこちらに座らせていただこう」と言って座ったので、その隣にティアナ、向かいにはラルフ、マートリー男爵が腰を掛ける。可哀想なマートリー男爵は、国王を前にして「その、陛下……」とおどおどとしている。
「ここは防音魔法がかけられているのでな。気にせず話してくれ。それで、なんだと? 例の借金事件の話、解決したのか」
国王のその言葉に驚くティアナ。今まで、その事件について国王が知っているとは思っていなかったからだ。それへ、マリウスは「解決と言えるかは、ティアナ次第です」と答えた。
「ティアナ。先ほど僕が渡したペンダントを」
「あっ、これね?」
そう言って、ティアナは自分の胸の谷間から、ずるりとペンダントを出した。それを見て、マリウスが「君はさぁ~」と呆れたように言う。その様子を見ていた国王も「大聖女よ……」と呟いたが、それ以上のことは追及しない。
「えっ?」
「いや、いいんだけども……これはね。音を記録できるものなんだ。魔石を加工したものでね。ううん、全部記録出来ているといいのだけど、時間制限があるからどうだか……」
そう言うと、マリウスは手をかざした。すると、マリウスと別れた後にティアナの声が入っていた。通路でしたコンスタンツェとの会話すら入っているが、コンスタンツェの声は当然のように記憶されない。なので、幾分頓珍漢な独り言を言っているようにも聞こえるが……。
『わたしですか? マイツェンですよ』
マイツェンの不遜な名乗りから、サロンは共有で使える場所なのに「先客がいる」と明らかにティアナを邪魔者扱いしている声が聞こえた。国王は「場所は王族用のサロンだと聞いたのだが?」と問われ「はい、そうです」と答えるティアナ。
「王族用のサロンは、誰がいようが互いに挨拶をして共に使う場所だ。一人が独占をするようなところではない」
と苦々し気に国王は言った。この時点でマイツェンへ何らかの沙汰が降りてもおかしくないという話なのだろう。
「こ、ここに、わたしがいたのですか……?」
とマートリー男爵がティアナにおずおずと尋ねる。彼から聞いたところによると、舞踏会の会場で知人たちと話をしていたことまでは憶えているのだと言う。だが、その後の記憶がなんだかはっきりとしない、と。
それを、ティアナの体内に入っていたコンスタンツェが、わざわざきちんと聞き耳をたててくれていたようで「ホロゥに入られて、あそこに連れていかれたんだと思うわよ。あなたも見たでしょ、わたしがどこかのご令嬢に入って動いていたのを」を、現れては語って、すぐにまたティアナの中に戻ってしまう。「疲れた! 疲れた!」と叫びながら。
彼らは続いて会話を聞く。最後に王妃の
『マイツェン! 借用書を!』
という声で、記録は途絶えた。それを聞いて、ティアナは内心「まあ! コンスタンツェが王妃様を操ったところまでは入ってないのね。いいわいいわ。しかも、借用書、とはっきり言っちゃっているし」と思ったが、顔には出さなかった。
一通りの記録を聞き終えた国王は、ぽつりと
「最後に、借用書、と王妃の声が入っていたな」
と呟いた。彼に、ティアナは手に持っていた用紙を渡した。




