45.王城での舞踏会(1)
さて、舞踏会の当日。ティアナはマリウスが贈ってくれた薄紫色のドレスを選んだ。彼女の白銀の髪色がとてもよく似合う色で、紫と言ってもどちらかというと青みが少し強い。が、主張しすぎない柔らかな色合いだ。
髪を高くまとめて団子にして、そこにいくつか髪飾りをつける。いまだに一緒に暮らしている母親が、髪飾りを選んでくれた。僻地の男爵夫人とはいえ、もともとは王城付近にいた母親はそれなりにセンスがある。白いパールがついたもの、銀髪に負けない銀細工の蝶々のもの、そして最後に白い生花。三つの髪飾りを絶妙なバランスで差し込んで、非常に華やかになった。
髪飾りがいささか豪勢なので、イヤリングはマリウスに買ってもらった清楚なものを選ぶ。それが、いかにも慎み深い聖女のように彼女を仕立て上げてくれているのだが、ティアナ自身はよくわかっていない。
「今日は聖女としてではなく、マリウス様の婚約者として行くんですもの。これぐらい華やかにしていかないとね」
と、ティアナの母親は満面の笑みを浮かべる。そうだったっけ、という表情のティアナだったが「公爵様にエスコートしていただくのですから、そういうことかと」とアルマに言われ「そうなのか!」と初めてそのことに納得をするティアナ。
「こんなに着飾ったのなんて、初めてだわ」
ティアナの横にいるコンスタンツェは「すごくいいわよ、あなたのお母様センスあるじゃない?」と言って拍手をする、もちろん、その音は聞こえないが。
「おかしくないかしら。大丈夫かしら」
ティアナはコンスタンツェにそう言ったが、それにはアルマが反応して「大丈夫ですよ」と微笑む。手伝ったほかの侍女も「お嬢様、お綺麗ですよ」と言って、ティアナを安心させようとしてくれる。
「お嬢様、ちゃんと腰から胸まで締め上げていますので、今日はあまりお食事をなさらないようにしてくださいね」
「ええ? お食事……?」
「そうですよ。舞踏会とは言え、要するにパーティーですからね。ダンスをしている方々を見ながら、お酒を飲んだり、ちょっとしたものをつまんだりは出来るようになっているはずです。きっと、美味しいと思いますが、そちらは我慢をしていただいて……」
「そうなの!?」
驚くティアナに、母親は「そうよ」といささか呆れたように教えてくれる。
「ダンスをしている人たちを、みなで何も飲まず、何も食べずに見ているわけではないわよ。二刻ぐらい開催しているでしょうから、ちょっとした立食パーティーのようにお料理は用意されているわ。勿論、壁際には座れる場所も設けられているし、バルコニーにも椅子が置いてあって、疲れたら座ってお酒を飲んだり、ちょっとしたものを食べながらおしゃべりをして過ごすものよ」
「そうだったのね、わたしったら、てっきりみんな気がおかしくなったように踊り続けるんだと……」
そんなわけがあるか、とアルマは「お嬢様……」と情けない声を漏らす。すると、窓から外を見た母親が声をあげた。
「まあ、マリウス様がいらしたみたいよ。あの馬車は公爵家の文様が入っていますものね。さ、エントランスまで行きましょう」
そう言って母親はティアナの背を軽く押す。それからエントランスまで、ティアナのこの姿をお父様にもお見せしたかったわね、弟に見せたらきっと驚くに違いないわ、と少し興奮気味に話す母親に、曖昧に相槌を打ち続ける。ティアナは、今日の舞踏会への不安でなんだか足が前にうまく進まない。
「ティアナ」
階段の上。エントランスから呼びかけられ、下を見る。すると、マリウスが、今まで見たことがないような衣装を身に着けて、軽く手をあげていた。
「っ……」
(ななななな、な、な、何それ……かっこ……)
口から言葉が出ないティアナの横で、コンスタンツェが「あらぁ~、かっこいいわねぇ~、見た目は満点だわ」と言って、ふわりと勝手に下りていく。マリウスはちらりとコンスタンツェを見たがそれは一瞬で、ティアナと母親を見上げる。
彼は白銀色の生地に茶色と白の糸で豪奢な刺繍を前面にいれたベストの上に、深い紺色のジャケットを羽織っている。ジャケットの地には全体に更にトーンが落ちた紺色の糸で模様が入っていた。そして、同じ生地で仕立てたパンツは細身ですらりとしている。仕立ての良い黒いひざ下までのロングブーツは、金具に公爵家の文様が入っている特注品だ。
「マリウス、あなた、その、とってもとっても素敵ね」
かすかに頬を紅潮させてティアナがそういえば、マリウスは「ありがとう」とさらっと笑みを見せる。
「君はとても綺麗だ。ああ、贈ったイヤリングをつけてくれているんだね。ううん、嬉しいことだな」
そう言って彼は笑ったが、ティアナからすれば(ドレスも靴もマリウスからいただいたものなのに……)と思う。だが、やはり一緒に買いに行ったイヤリングは別なのだな……そう思うと、なんだか心が温かくなる。
「それに、こんなことを言っては怒られるかもしれないが、いつもの君もいつもの君らしくて良いけれど、たまにはこういう君を見たいね。本当に綺麗だよ」
「まあ。お上手ね」
「僕は、君には嘘をつかないよ」
マリウスがそう言うと、近くにいた侍女たちは「まあ」と言いたげな表情で、互いに目配せをしあっている。それに気づいたティアナは「またマリウスったら侍女たちに受けるようなことを言って」と思いながら、彼に近づいた。
「男爵夫人、それでは、本日はティアナ嬢をエスコートさせていただきます」
「よろしくお願いいたします。この子は、王城での催しはほとんど足を運んだことがなく……デビュタントすら、参加を出来なかったものですから。マリウス様がパートナーでいらしてくだされば、安心です」
「僕もそう王城は得意ではありませんが、ティアナ嬢を楽しませられるよう努めます」
「ええ?」
とティアナは素っ頓狂な声をあげたが、コンスタンツェが大きな声で「うふふ!」と笑うので、そちらに気を取られてそれ以上は何も言わなかった。
「じゃあ行こう」
「ええ」
肘を外側に曲げて差し出すマリウス。そこへそっとティアナは手を絡めるように置いて「こう?」と尋ねると、いつものように彼は微笑む。歩き出す2人の後ろから、コンスタンツェはふわふわと浮きながらついていく。そうして、2人と1つの霊体はみなに見守られながら王城の舞踏会へと向かうのだった。




