40.王妃付きの魔導士
「マイツェン様」
「なんだ、そんな怖い声を出すな。本当のことを言っただけだ」
マイツェンと呼ばれた男はわざとらしく肩を竦めて見せる。
「それでは、失礼いたします」
一応挨拶は出来るようで、軽く頭を下げて男は去っていく。彼が角を曲がる頃、ローマンが「申し訳ありません、聖女様」と小声で謝った。
「国庫うんぬんの話は、特に意識なさらずに……彼は王妃様付きの魔導士なので、そういったことを考えなければいけないのです。ですが、この魔法院自体は、そういったこととは関係なく動いております。荷を重く考えていただかなくとも結構です」
「魔導士……魔法院から出て、独立して動いている方ですね?」
「はい。以前は魔法院に所属をしていたのですが、王妃様がぜひにとのことで。5年前ぐらいから彼はここから出て、王妃様についています。勿論、国王陛下についている魔導士もいますし、王族の方々はそれぞれ1人か2人は魔導士をつけていると思いますね」
それは初耳だった。とはいえ、名乗らなかったことはいけすかない、と思う。
「特に何も気にしていません。ただ、お名前をお伺いする機会を逸してしまいました。立場を考えれば、王城でお会いすることもあるかもしれません。次にお会いした時に呼びかけられますよう、お名前をいただいても? マイツェン様と?」
「ああ、彼はフランツ・マイツェンといいます。貴族ではありませんが、王城御用達の商人の令息です」
「はあ。平民とか貴族とかは特に意識していませんでしたが、そう言われると気になるものですね……」
ティアナのそれは「平民なのに、いくら魔導士とはいえローマンにあんな口ぶりか」という意味だったのだが、ローマンはそれを勘違いしたようだった。
「まことに……大聖女様を聖女、と呼ぶなど、失礼にも極まりない。申し訳ございません」
そう言って頭を下げるローマンに、ティアナは慌てて「それは特に気にしていません! 大丈夫です!」と告げた。
「とは言え、言われると気にはなるものですね。国庫の状況はよろしくない?」
「ううーん、そうですね……その辺は、あまりわれら魔法院に開示される話ではないのですが。われらは、魔法院に関する金銭の動きしか把握できないようになっています。ですが、まあ。マイツェン様や国王陛下付きの魔導士などは、時々それを口にします。悪い意味ではなく、魔法院が魔力を注入した魔石は、実際に良い貿易結果をもたらしてくれるので。期待をしてくださっているのでしょう」
そして、先ほどフランツ・マイツェンが持っていた箱の中には、多分王妃に届ける魔石が入っていたのだろうと言う。生活に必要な魔石は大体まとめて王城に渡されるが、不足をした分はああやって取りに来るのだと。
(でも、王妃様の身辺でそんな生活魔石に任せていることなんてあるのかしら)
思い当たるのは、湯あみをするための湯を用意する、水の温度をあげる魔石。これは高級宿でも見たことがあるし、実際ティアナの別荘でも使っている。それから、髪を乾かすための風魔法が封入されている魔石も。だが、考えてもそれぐらいだ。そして、それは王妃が個人で要求するものでもない気がする。
「では、行きましょう」
そう言ってローマンはティアナを促し、再び渡り廊下を歩く。ティアナは彼の後をついていきながら、まだぐるぐると考えていた。
(王妃様は、何をなさっているのやら)
それとも、マリウスの部屋と繋がる通路を行き来するような乗り物があって、都度魔石を新しくしないと駄目だとか? まあ、どうでもいいけれど……そう思っていた矢先。
「ティアナ」
ようやくローマンとの話が終わったか、とコンスタンツェが声を潜めた。彼女の声はローマンに聞こえないのだから潜める必要はないのだが、なんとなく気持ちはわかる。
「なに?」
囁くようにティアナが返すと、コンスタンツェは驚くべきことを言った。
「今の男よ!」
そう言って既にマイツェンが曲がって消えていった方の角を指さすコンスタンツェ。
「わたしが聞いていた……マリウスの話をしていたっていう男の片方は、あの男だわ! 間違いないわよ!」
「!」
「言ったでしょ。声を覚えているって。あの男に違いないわ!」
ティアナはその場で「ありがとう」と言おうとしたが、ぐっと言葉を抑え、こくりと小さく頷いた。ローマンに聞かれてしまうと思ったからだ。
(ありがと)
音もなくぱくぱくと口でその形を作れば、コンスタンツェは「どういたしまして!」と言って、空中で一回転をした。それから、ローマンにススっと近づいて
「結構いい男じゃない?」
といって、けらけらと笑う。それを見て、ティアナもくすりと微笑んだ。




